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LV80「金では転ばんぞ」

「おい、キサマ! ミリアムさまになんという無礼な物言いだ!」


 ミリアムにつき従っていた魔道士の男が目を細めて鋭く叫んだ。


「おやめなさいエリック」

「いえ、ミリアムさまのお言葉であっても此度だけは引けません。こともあろうに、帝都一の才媛にして稀代の賢者であるミリアムさまを侮辱する言葉。無能力者の分際で許せませんな」

「無能力者?」


 蔵人が訊ねるとエリックは小鼻にシワを寄せて軽蔑し切った表情で吐き捨てた。


「ああ、そうだよ。見たところおまえのような下郎はリンジーが急場で雇った三流の護衛だろう。我らのような上流階層にふさわしい人間が扱う魔法など到底扱えまい。いいか、親切に教えてやろう。この世界にはふたつの人間がいる。魔法が使えるものと使えないものだ。言わば神とムシケラ。この差には本来天地との差があるのだ。わかったか」


「おう、親切にありがとう。それでおまえはミリアムちゃんのケツにくっついてあわよくば小指の爪に挟まったカスでも舐めたいんだろうが、残念ながらこういういい女はすべて俺サマのものになると決まってるんで諦めたほうが無難だぞ」

「ゴミが」


 エリックの瞳が憎悪で塗り潰されると同時に蔵人の足元の土に真っ赤な炎が立ち昇った。


「おわっと」


 蔵人が驚いて片脚を上げるとアシュレイをはじめとする仲間が色めき立った。ミリアムはわずかに眉を震わせたが止める気はなさそうである。


「僕はこういうことができる人間なんだ」


 エリックは杖を構えてヒヒッと低い声を漏らした。


「どうした? 地面に頭をこすりつければ許してやらんでもないが?」


 だが、蔵人は動じなかった。


「そか」


 ふたりの距離は二メートルほどであった。蔵人がのそりと動く。無造作な歩き方であったがエリックが再び杖を構え直す暇はなかった。


 蔵人がひょいっと腕を伸ばしてエリックの右手首を握る。エリックの腕の太さは常人並であるが蔵人の鉄筋を撚り合わせたようなそれにくらべればか細く見えた。


 なんら躊躇なく蔵人の左腕がエリックの右手首を捻った。


 工作機械が材料に慈悲をかけぬように速やかだった。

 エリックは絶叫した。

 捩じ切れる寸前ほどに右手首が回転しているのだ。


 蔵人が手首を離す。

 声にならない痛みを口腔から放出させながらエリックは両眼を見開いた。

 エリックは恥も外聞もなく床に身を転げさせて悶絶した。


「治癒を」


 ミリアムは表情ひとつ変えずに仲間の魔道士に告げると蔵人に向き直って言った。


「あなた、お名前は?」

「みんなのアイドル蔵人くんだ」


「クランド、珍しい名前ですね。そうですね、クランド。これは提案なのですが、今後はお姉さまではなくわたくしと共に行動いたしませんか?」

「え――」


 リンジーが頼りない声を発した。


「なんだ、ミリアムは俺みたいなのがタイプなのか?」


「そうではありません。わたくしたちは魔法院の命である魔族の討伐は続けねばなりませんし、奪われた魔導兵器の探索の旅も続けねばなりません。戦いはこれからです。わたくしたちは全員魔道士なのです。万が一もないでしょうが、敵の種類によっては接近戦を余儀なくされることがあるやもしれません。その場合、あなたのような歴戦の戦士が仲間にいれば心強いのですよ」


「素直に抱いてくださいと三つ指ついて懇願すれば考えてやらんでもないのに」


「報酬はお姉さまの二倍、いいえ三倍出します。いかがでしょうか?」


 ミリアムは蔵人の言葉を無視して言った。

 蔵人が微笑む。

 ミリアムが薄ら笑いを浮かべた。

 リンジーが泣きそうに顔を引き攣らせた。


「お断りだ」


 ミリアムの表情が強張った。それは、お世辞にも美しいとはいえない顔つきだった。いままでになかった激しい感情の揺れである。後方で見守っていたアシュレイが安堵のため息を吐き、ジェシーがいぇーいと小さく叫んでジャンプしながらくるっと回転した。


「理由を聞いても?」

「憚りながらこの俺はな。銭に目が眩んで仲間を裏切るような男じゃねェんだ」

「……そうですか。残念ですね」


 ミリアムはそう言うと手元に取り出した革袋の口を開いて見せた。中には、色とりどりの大小さまざまな宝石が妖しい光を放っていた。


 蔵人は平静を保ちつつも受け取った宝石類を売り払った金で娼館で豪遊する自分を夢想し、胸の内で激しく舌打ちをした。


「金で転ぶとでも?」

「目が泳いでいますけど」

「気のせいだ」


 蔵人の気が変わらないと理解したミリアムは革袋を仕舞うと、意外に淡々とした口調で別れの口上を述べ始めた。


「お姉さまもクランドともご縁がないようですのでわたくしたちはこれで引き揚げさせていただきますわ。それと、お姉さまが賢者の称号を得ることができる猶予期間はすでに百日を切りました。果敢に行動するのは正しいと思いますがあまり月日がないということもお忘れなきように」


 それだけ言うとミリアムは川岸へと消えていった。

 蔵人に手首を折られたエリックが仲間に引き摺られてゆく。治癒魔法がかけられているようではあるが、痛みはまだ消えていないらしい。肩を借りながら歩く姿は痛々しかった。


「養生しろよ」


 良心の欠片もない淡々とした語調で蔵人が言った。痛みのあまり返事もできないようだ。


 だが、苦痛にあえぐエリックの瞳は獣のようにギラギラと燃え盛り蔵人をジッと睨みつけていた。



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[一言] 姉妹丼・・・チラリ
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