LV08「冒険者ギルド」
「そんで、もう一度聞くけどよ。俺ちゃんにぴったりな面白くてラクチンでちょっと笑えて、んでもって心も温まる小粋でナイスで依頼料も破格でびっくりなお手頃クエストはないのか?」
「ない」
ある晴れた日の昼下がり。
ロムレス王国有数の都市であるシルバーヴィラゴの冒険者ギルドで、志門蔵人は受付嬢のネリーと不毛とも思えるやり取りを交わしていた。
艶のある黒髪と切れ長の目が印象的な美女のネリーは、受付に山と積まれた書類に目を通しながら、顔を上げずに蔵人の無茶ぶりを一蹴した。
「ネリーさんよ。ちょっとは迷ったり考える振りとかするべきじゃねーの」
「ない」
蔵人が口を尖らせて声を荒げてもネリーは一顧だにせず書類にひたすらペンを走らせる。
「ない」
「まだなんも言ってないんだが?」
「ない」
「ンなこと言っちゃってさあ。ホントは違うだろ? なぁ、オイ。実はさァ、俺の為にさァ、すっごいの取っておいてあるとかそういうオチだろ? このお寝坊さんな蔵人ちゃんのために、しょうがないですねぇ、とか言いながらコッソリ引っぺがしておいた依頼書が出てきたりとか」
「ない……あ」
「おおっ。そうかそうか。ネリーちゃんよ、おまえってばツンデレなんだからもう。でも、許す許す。最後の最後で素直になっちゃうところなんざ俺のハートをがっちりキャッチだぜ」
「これなんかどう? 迷い猫探し。日当十ポンドル」
「おい。十ぽっちじゃ、いまどき木賃宿にも泊まれねーよ」
十ポンドルは日本円にして約千円程度である。
シルバーヴィラゴの最安値宿は二十ポンドルはするのだ。
「でも、クランド。あなた動物の心読めるじゃない」
「読めねーよ。俺はムツゴロウさんか」
「あなたはどちらかといえば、考えも生態も野生動物に近いし、この依頼うってつけじゃない? お猫さま探し。ほら、クランドよく雨の日でも外でゴロ寝してるし。人間は完全防水だーっ、とか言ってなかったかしら」
「あれは酔っぱらって前後不覚になっただけだ。てか、気づいたらその場で起こせよ……じゃなくてだな。俺の身体は至って普通だよ。てかどっちかって言えば弱いほうだし。虚弱くんだし」
蔵人はわざとらしくケホケホと咳をしてみせた。
「あなたを虚弱体質というのなら人類はとっくに滅亡してるわね」
「褒めんなよ」
「褒めてないわ……」
「いや、でも冗談はともかく。マジでなんかないん?」
「残念ながら紹介できそうな依頼は残ってなさそう」
「むう」
「あ、ドブ掃除は?」
「高貴な俺サマには似合わん。そういうのはジジイのヒマ人が多い町内会で処理しろ」
「適任だと思うのだけれど」
蔵人は不平不満の意を露にするため、これ以後幼児のように受付周辺で「ぶぶぶ」と唇を鳴らしてみたり、うーうーと唸りながらゾンビの真似をしてネリーにもたれかかるなどの嫌がらせに終始した。ネリーがイライラしながら台帳を受付台に叩きつける。
「ああ、もうっ。わかったわよ。けど、ホントにこれくらいしか残ってないわよ」
「へへっ、あるじゃねーか。最初から出しゃいーんだよ。どりどり……」
蔵人はネリーから受け取った依頼書を読むと鼻白んだ。