LV78「まあ、気に病むな」
「嘘をついていたのよ、わたし。あんたたちに黙ってパーティー抜けて、それでみんなの命まで危険に晒したのよ。どうして、罵らないのよ」
「いや、それはもうアシュレイちゃんが説教して終わった話だろ」
「でも、あなたなんてカエルに食われかけたじゃないの。殺されかけたんだし、それってぜんぶわたしのせいで。ホラ、顔なんかちょっと溶けかけてるし」
「溶けかけてねーよ。これは生まれつきだ! ったく、三国一の美男子になんてことを。だいたいな。ポカなんて誰でもやるもんだよ。いまやんなくても旅の途中でいつかやる。人間ならな、ミスするのがあたりまえなんだ。それをいちいち鬼の首取ったみたいに咎めても意味ないんだよ。ま、命に直結するのなら怒られてもしゃーなしだけど、あの程度じゃ気にするレベルじゃねーよ。アシュレイちゃんもそう思うだろ」
「私は言うべきことは言いました。それに、私も人に指図できるほど立派な生き方をしておりません。それぞれ事情はありますでしょうが、互いの足りない部分を補うことこそ仲間であることの本質だと思います。リンジーにも事情があるのはわかります。いつか話せるときがくれば私たちにも話してください」
リンジーはなにかを言おうと顔を上げたがアシュレイのまなざしに真っすぐ射られたままそのまま立ち竦んだ。
アシュレイは自分の瞳の強さをあまり理解していない。蔵人が思うに、リンジーは強気な語調や態度とは裏腹に実際の性格はもっと弱いものであろう。
弱さはそれ自体が悪ではない。弱さがあれば他人の痛みに敏感になれるし、どのような敵を相手にしても驕ることのない知を巡らすことができる素地となるのだ。
だが、ときとして弱さを制御できなければそれらは悪い意味での臆病に転じてしまう。臆病さも度が過ぎれば決断ができず、割り切れなければ機を逸し、ときとして大事なものを見失う。
「ここで立ち話していても仕方ない。ゆこう」
蔵人が帰り道を指差すとリンジーは最後尾についてのろのろと歩き出した。蔵人は喉元を忙しなく指先で掻き毟りながらわずかに片眉を上げた。
――けれども謎は残った。
村々を襲って領土を拡大し力を溜め込んでいたサキュバスが危険な魔導兵器を奪った張本人でないとすると、誰がそれを頂戴したかということだ。
地下倉庫を抜け出て学院の外に出ると朝になっていた。
「やれやれ。とうとう夜明かしだ」
世界が水色の染まりつつある。蔵人が胸元から取り出した懐中時計で時間を確かめると、いつも起きる時間よりもわずか手前というくらいだった。
「クランド、宿舎で休んでから移動しますか」
隣にいたアシュレイが形のよい顎を上げて聞いてくる。蔵人がリンジーを見ると、疲労でわずかにふらついているが、いますぐ倒れてしまうというほどでもなかった。
「ジェシー、こっから一番近い街はどこだ」
「川を渡ってわずかに戻りますが、クルースクの街が一番近いかと思われます。あるじさまの均歩行速度ならば朝食前には着きます」
「そんな街があったか。アシュレイ、気づかなかったよなあ」
「はい、見過ごしていたのでしょうか」
「戸数は二百余のわずかな街ですが、いくつかのギルドや宿屋、酒場もあります。情報を集め物資を補給するのならば適当かと」
「そんじゃあそこにするか」
チラと蔵人が視線を転じるとリンジーはみなの和から離れた場所で所在なさげにしていた。
「なあ、リンジー。ひとつ聞いていいか。おまえさんが探していた魔道学院にあったはずの兵器ってのはどんなものなんだ?」
「それは――」
「そのことならばわたくしが説明しますわ。お姉さまに代わって」
ハッと顔を上げる。
女だった。
そこには五名ほどのローブを纏った魔道士を引き連れたリンジーとうりふたつの顔を持つ女が奇妙な装飾の施された杖を手にし微笑んでいた。




