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ＬＶ７７「げろげろり」

「だから、待ちなさいといったではないですか！」

「そんなこと言ったってしょうがないでしょう！？」

　ずぶ濡れになったアシュレイとリンジーは火を消されて復活したカエル剣士たちが再び室内に躍り込むのを尻目に口喧嘩を行っている。

「おふたりとも。まずはあるじさまをお救いすることが大事なのでは」

　冷然と言い放ったジェシーは腰に装着していた十五センチほどの筒を手に取ると静かに振った。

　同時に筒は長さ二メートルほどの棒に変化した。

　その間にもカエル剣士たちは間合いを詰めてくる。

　ジェシーの瞳が妖しく輝くと棒の先端から三日月状の光の鎌が生えた。

「BATTLモードに移行。敵、接近を確認。排除します」

　カエル剣士たちが颶風のように飛びかかってきた。

「舞踏蜘蛛(タラントゥーラ)の舞」

　それはまさしく踊るような動きだった。ジェシーは巨大な鎌を手にしたまま襲いかかるカエル剣士たちの間をすり抜けるように蛇行した。

　極めて自然で無理のない歩法である。

　ジェシーの動きはカエル剣士たちの斬撃を軽々といなしながら独特のステップで刻まれた。

　ステップと同時に鎌の白い刃がきらりと輝き異様な風切り音を発して振られた。

　すべては本当に瞬きの間であった。

　ジェシーが右に左に軽々と使っていた鎌の刃がピタリと止まると――。

　その場にいた無数のカエル剣士はズタズタと完膚なきまでに切り刻まれて、噴水のような青黒い血を全身のありとあらゆる場所から放出させた。

「ふ。私の実力を見せつけてしまったようですね」

「クランド！」

　アシュレイが振り返る。

　そこには巨大ガマに乗ったサキュバスがいた。

　彼女の瞳は異様な熱を帯びて輝いていた。

「遅いわよ！　あの男はとっくに胃の中でドロドロになってるわ！」

「く――！」

　弾かれたようにアシュレイが走り出す。

　同時に巨大ガマはびくんと大きく震えると大きな口を開けて反り返った。

　二足歩行であるといっても巨大な剣を携えたガマは常に前傾姿勢である。

　獣の性質として弱点である腹をかばっているのだ。

　だが、ガマは無防備に白い腹を見せたままびくびくと激しく痙攣し出した。

「な、ななな」

　頭の上に乗っていたサキュバスが両足をもつれさせながら驚きの声を出す。

　その場にいた全員の視線がガマの腹に集中したとき異変が起きた。

　巨大な白い腹に赤い点が浮き出たのだ。

　それはみるみるうちに裂け目に変わると巨大ガマが絶叫を上げた。

　ぴ、と真っ白なものが突き出てくる。

　生じた裂け目からドッと青黒い鮮血が放出された。血で床が汚れてたちまちに池と化した。

　猛烈な腐臭が室内に充満する。裂けた腹から長い腕がにゅっと突き出された。

「あでっ」

　滝のように流れ出たガマの血と同時に黒い物が床に投げ出された。黒い外套をぶるんと震わせた蔵人がガマの腹を切り裂いて脱出したのだった。

「ひでぇ目に遭ったぜ」

　蔵人がガマの腹を破って出たと同時にサキュバスは煙のようにその場から姿を消していた。自らの不利を悟って速やかに逃げたのだ。鮮やかな逃げ足といってよかった。

「うあー。生き返る」

　現在、蔵人は全身に浴びた巨大ガマの体液をジェシーが出す流水で洗い清めている。もっともオートマタであるジェシーは口からシャワーのように膨大な水を吐き出しており、傍から見ると異様な光景であった。

「心の籠った手洗いに定評のある私に抜かりはありません」

「ぜんぜん手洗いじゃねぇけどな。おおっ。べとべとが全部取れた」

「特殊な聖水を使用しておりますので。嫌なニオイも１００パーセント除去です」

「おお、あんがとよ。んで、なんの話だっけか？」

　蔵人が外套を雑巾のようにぎゅいぎゅい絞りながら水をジャーと床に落としていると憂い顔のアシュレイがはあっと嘆息した。

「今回の奇襲は想定外でした。それに、この地下倉庫も危険が多すぎます。私としては一旦街に退いてから情報を集めて、サキュバスの砦にゆくことを提言したいのですが」

「おし、それで行こう。まだ寝たりねぇしな」

　蔵人は歩きながら衣服に着いた水を絞り落としてゆく。

　アシュレイたちがそれに自然とつき従った。

「横道に逸れ過ぎとは自分でも思うのですが。どうも決着をつけないとスッキリしないのです。クランドには手数をかけます」

「あん？　いいってよ。それよりも、あのサキュバスちゃんにはしてやられたからな。ここはぜひともリベンジを決めてお仕置きをせねば損した気がする」

「損、ですか」

「気にするな」

「ねえ」

「あるじさまはえちぃことを考えてますね。私にはわかります」

「なわけねーだろ！　アシュレイちゃんが勘違いするだろうに！」

「あるじさまのえちぃは私が満たします」

「アシュレイちゃん！　コイツの言ってることは嘘だからね！」

「ねえ」

「クランドの行動には慣れましたから」

「しどいっ」

「それにしてもジェシーは中々の遣い手ですね。感服しました」

「あるじさまの御稜威のなせる業です」

「ねえってば」

「マジでついてくんの？　別にいいんだけどさ」

「ジェシーはあるじさまのゆくところ。どこにでも」

「会ったばかりというのに、仲がよろしいのですね」

「あるじさま。アシュレイさまがデレてますよ」

「ねえってば！」

「お、マジでかアシュレイちゃん。ついにデレたか？」

「……」

「あるじさま。無言は肯定。押せ押せですよ」

「よしゃ、ここは俺サマのナイスなトーキンでアシュレイちゃんをメロメロにだな……」

「ちょっとッ！」

「わ、びっくりした」

「なんで誰も責めないのよ」

　リンジーの整った薄い唇が蒼く染まっている。杖を握る手も力一杯握りしめているせいか先端の宝玉がブルブルと小刻みに震えていた。