LV76「カエルたちとの攻防戦」
人間と同等の身長を持つ巨大なカエル剣士たちだ。
――あの臭いと足音はこいつたちのものだったのか。
ライムグリーンの色鮮やかなカエルたちは二足歩行は当然というように立ち上がったまま戦列を組んで先頭のサキュバスを守るかのような壁を作った。
どう少なく見積もっても四、五十はくだらない数だ。
サキュバスは一番最後に現れた特大の身の丈五メートルは超えそうなガマガエルの頭にひらりと飛び乗ると手にしていた扇を大仰な仕草で開いた。
「アタシに忠誠を誓うなら命だけは助けてあげるけど」
「お断りです」
アシュレイが即座に切って捨て一歩前進した。
蔵人はズイとアシュレイをかばうように前に出るとシニカルに口角を上げた
「――とまあウチのお姫さまがこう言ってるんでカエル軍団はここで消えてもらおうか。とと、その手は桑名の焼きハマグリだぜ。こう見えても経験は摘んでいる。サキュバスが魅了の魔眼を使うのは先刻承知済みさ。こうやって目をつむっていれば、俺のことはどうにもできんだろ」
「いけませんクランド!」
「はら?」
アシュレイが叫ぶと同時に極大ガマがべろーんと長い舌を伸ばして、まるでコバエを喰らうように目をつむったままの無防備な蔵人を巻き取って口中に納めた。
「ええと……」
困ったようにサキュバスが頬にかかった自分の髪を指先でくるくると弄ぶ。
妙な間を嫌ったかのようにサキュバスが叫んだ。
「やっておしまいなさいな!」
サキュバスのかけ声と共にカエル剣士たちが襲いかかってきた。
アシュレイは身を低くすると疾風のような動きで間を詰めた。
四体のカエル剣士が四方からアシュレイに打ちかかってゆく。魔物特有のただ振り回すという使い方ではない。二足歩行が見せかけではないだけに、それなりの連携は取れていたし急造である蔵人のパーティーよりもよっぽど息が合っていた。
「はあっ」
だが、アシュレイの動きは彼らよりもはるかに素早かった。彼女が修道服の裾がまくれるのも気にせずに回し蹴りを放つと鋭い金属音が鳴って真っ白な刃が床に跳ねた。
一瞬でカエル剣士たちの得物をへし折ったのである。神技に近いアシュレイの体術は並の動体視力では捉えることすら不可能なのだ。
「無意味な殺生は好みません。サキュバス。おとなしくあなたの首を差し出せば、配下であるカエルたちの命は助けてあげますよ」
アシュレイは右足を空中で止めたまま一本立ちの姿勢のまま告げた。
「うううっ。なにをやってるのよアンタたちは。とっととその女を切り刻みなさい!」
サキュバスが怒りに任せて叱咤すると怖気づいていたカエル剣士たちがぴょこぴょこ飛びながら突っ込んできた。
「愚かな。彼我の力も見抜けないのですか」
そう言うと、アシュレイはそのままの姿勢で素早い蹴りを放った。
目にも止まらぬ動きとはこのことだろう。
一度に襲いかかった十数匹のカエル剣士は残らず吹っ飛ぶと壁際に叩きつけられた。
――が、アシュレイの顔色に険が生じた。
蹴り脚に違和感を覚えたのであろう。地面に右脚を下ろして構えると右目をわずかにぴくくっと揺らした。アシュレイが靴底を確かめてみると粘りのある液体が付着していた。
「もの知らずな子ね。カエル族の体皮には強い粘性があって打撃はほとんど通じないのよ」
「それはご親切に」
サキュバスの嫌味にアシュレイは感情を籠めない言葉で応じた。
「なら、これならどう。ファイアボール!」
背後にいたリンジーが援護とばかりに杖を振るって魔法を唱えた。たちまちに大人がひと抱えもする大きさの火球が打ち出され、それは綺麗な放物線を描いてカエルの群れに飛び込んだ。
「ば――!」
サキュバスの罵声の言葉が爆音と共に途切れた。
リンジーの火の魔法は瞬く間に室内すべてを覆いつくそうとする火の壁を生み出した。
業火が凄まじい勢いであたりに燃え広がる。
熱風をまともに喰らったサキュバスが毛先をちりちりにして吠えた。
「本当に智慧の足らない子ね! このカエルたちが出してる液体は油なのよ! あなた、自分ごと仲間も蒸し焼きにする気?」
サキュバスが血走った目でリンジーを睨んだ。
「火、火を消さないと。あわわ、ウォーターウォール!」
「待ってください、少し落ち着いて」
蒼白な表情となったリンジーはアシュレイの言葉に耳を貸さず続けざま水の魔法を解き放った。
杖の先端に嵌め込まれた青色の宝玉がぴかぴか光ると海の水をその場に持ってきたような量の放水が始まった。
悲鳴と絶叫がたちまちあちこちから起こる。
――が、ゴーゴーと唸る津波の大音響にそれはすべて打ち消された。
ドッと流れ出た大津波はサキュバスもろともカエル剣士たちを残らず回廊に押し出したが、アシュレイたちも無傷ではいられなかった。
リンジーはあきらかに自分の魔力を制御できていないのだ。
魔法の放出が収まったあとには水浸しになってひっくり返るアシュレイたちの姿があった。




