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LV75「サキュバス」

 そろそろ止めてやろうかと蔵人が身を乗り出したとき――。


 回廊の向こう側から物凄く生臭い煙が、ぺたり、という間の抜けた音と共に近づいてきた。


 ぺたり、ぺたり、ぺたり。

 床のタイルに張りつく水の音が徐々に大きくなり、数が増えていった。


「誰ですか」


 アシュレイが誰何すると腐敗した臭気にそぐわない若い女の明るい笑い声がケタケタと室内に響き渡った。


「あらーん、仲間割れかと思って様子見てたけどお、そんな気遣い必要なかったみたいねえ」


 アシュレイがギョッとして身体を硬直させたのがわかった。なぜならば、蔵人たちの前に現れたのは、卑猥極まりないマイクロビキニを着た巨大な黒い翼を持つ女であった。


 男性の性的欲求を具現化したようなメリハリのあるボディに好き心を誘う容姿はアシュレイたちをドン引きさせたが蔵人の目は釘付けになった。


(ぬうう、主張の強すぎるほどの目鼻立ちにぷっくりとした厚めの唇。それに襲ってくださいといわんばかりの、わざとらしすぎる性的アピール強すぎの仕草。女性陣には総スカンであろうが、敢えて言おう。こういうのでいいんだと! 一生を共にする伴侶には選ばれにくいだろーが、この身体を好き放題弄びたいと脳に訴えかける訴求力はどこから来るのだろうか……? たとえていうならばなんという娼婦スキルの高さか!)


「いきなり現れてなんなのですかあなたは。痴女はお呼びではありません」


 チラリと蔵人の様子を窺ったアシュレイが怒髪天を衝く勢いで甲高い声を上げて、突如として現れた女に噛みついた。


「あーら、シスター。お言葉ねえ。でも、そちらの旦那さまはアタシのことをいたくお気に入りみたいだけど?」

「黙りなさい」


「興奮しているところを申し訳ないのですがあるじさま。あれは淫魔のサキュバスです。人間ではありません。強い魔力を持つ魔族です」


「なんだとう! それはイケないな。世のため人のため捕えて矯正を行わねば」

「あるじさま、そのように股間を膨らませて雄々しく怒鳴られても説得力は皆無でございます」


「馬鹿言っちゃいかんよジェシーくん。この俺がそのような不埒な考えを持つはずがありません」

「ねえ、ゴチャゴチャやるのは勝手だけどアタシの用件だけでも聞いておくれよ」

「ちょっと! クランド、ふざけてる場合じゃないわよ。あれはサキュバスよ!」


 リンジーが叫んだことでようやく全員の意識が一点に向けられた。


「サキュバスってぇーと夢魔のことか? いやらしい夢を見せてくれるっていうあの伝説の!」

「そうよーん。伝説の夢魔。昨晩、久々に村へとイキのよさげなのがきたっていうからアタシの部下を向かわせたんだけど」


「昨晩のあれはあなたの仕業ですか」

「あら、シスターちゃんはさぞかしいい夢見れたみたいじゃない?」


 サキュバスはそう言うとさもおかしそうにくすくすと笑った。


「あの村が老人ばかりなのもあなたのせいなのですね」

「そだよーん。若者はみーんなあたしの大事なぁ働き手なのん。そろそろ駒がそろってきたから、まず手始めにこのあたりで小煩かった魔道学院を潰させてもらったのよ。って、そこのあなた! どーも見覚えあると思ったら早々に尻尾を巻いて降参した魔道士じゃないの」


 サキュバスが器用に尻尾で指した人物はリンジーであった。性格上、当然機関銃のように言い返すだろうと思った蔵人であったがリンジーの顔を見て片眉を上げた。


 リンジーの顔には強い怯えが張りつき五体が瘧にかかったように震え出していたのだ。


「ね、ね、ね。聞いてちょうだい。その子ったら傑作なのよ。最初はもの凄い鼻息だったのに、お仲間をパパッと片づけてあげたら宙に浮いて逃げようとしたの。そんで、それでもあたしたちから逃れられないとわかったら、うぷぷ。自分を大時計の針にしがみついて自分を石にしたの! そこまでして助かりたいの? ホント笑えるでしょ?」

「あ、あ、あ……」


 リンジーは蔵人たちへと怯えるように素早く視線を走らせると同時に、その場に座り込み、うつむいて動かなくなった。


「ま、リンジーのことはともかくだ。サキュバスよ。だいたい話の筋から考えると、おまえさんは山の砦に巣食ってこのあたりでやりたい放題してたってわけだ。そんで、なんでこの地下倉庫までやってきたんだ?」


「そりゃ、ここにある魔道兵器を手に入れるために決まっているでしょ。邪魔な学生たちを残らず追い払っても地下に通じる大封印は特別な術式がかかっていてアタシたち魔族じゃ近寄ることもできなかったけど、ついさっき封印が解けたのよ。守り手のいないお宝を手に入れようと思うのは当然でしょう?」


「流れはわかった。けど、残念だがここにはもうなーんもないぜ。おまえさんがお目当ての魔道兵器もひと足先に誰かがトンビにあぶらげってな感じで誰かが持っていっちまったらしい」


「そんな与太をアタシが信じるとでも? どっちにせよ、あなたたちをここからひとりだって返すわけにはいかないのよ」


「夢魔風情にしては中々の自信だな。いままで、ド僻地の村人をいじましくチョコチョコとかどわかしてコツコツ兵隊を集めてたってのに」


「状況が変わったのよ。帝都に封じられていた混沌の魔女が力を取り戻した。これがなにを意味するかわからないのかしら。アタシたちの魔王さまが復活する前兆なのよ」


「魔王? そうなの?」

「可能性はゼロではありません」


 アシュレイが緊張した面持ちで応じた。


「ふーん、魔王ね。よくわからんが――」


 蔵人は首を左右に振ってコキコキと鳴らした。


「けどなぁ、俺からすりゃあ、アンタはただの小娘魔族だ。ぶっちゃけ、魔王がどうのとか眉唾だ。いくら粋がってもえっちなカッコのお姉ちゃんが誇大妄想を吹いてるとしか思えんぜ。だいたいひとりぼっちでなにができるっての」


「あらあ。気配も気づかなかったのかしら。アタシの忠実無比な悪魔の軍団の恐怖の足音を」


 サキュバスがピッと指笛を鳴らすと同時に背後から緑の壁が突然現れた。

 いや、それは正確ではない。

 緑の壁と思われたそれらは手に手に剣を持ったカエルの大群だった。



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