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LV73「俺は五百歳まで生きるから」

 メイドは黒のオーソドックスなお仕着せに絹の黒のストッキングを履いていた。眠っているのだろうか。伏せられたまつ毛は作り物のように長く揃っている。目を閉じているが、目鼻立ちの整った美女であることはひと目でわかった。


 年齢は二十歳前後だろうか。少女の幼さと女性になる境にある不完全さが同居していた。陶器を思わせる真っ白な肌が現実離れしていて美女を見慣れている蔵人も一瞬呆気に取られた。


 ――となるとやることはひとつしかない。


「もしもーし。お嬢さぁん。どうかしましたか。正義の騎士がお迎えにまいりましたよん」


 蔵人はニタつきながら歩み寄ると、なんら躊躇なく不作法にメイドの顔を覗き込んだ。

 ゴクリ、と生唾を呑み込む。


(すっげぇ美人だな。けど、これ生きてるのか? 気配を感じないんのだが)


 メイドの容姿の完璧さと、あまりに微動だにしない様子に蔵人はわずか怯んだ。


 ――が、蔵人はここで怖気づく男ではない。


「ようし、ここは眠り姫を王子さまの熱いチッスで起こして進ぜよう」


 どこからどう見ても王子さまというツラではないが、寝込みを襲うことに道義上の疑問を持たない輩である蔵人はアホの子のように唇を突き出すと顔を寄せた。


「お、拒否の意思がないということはチミも同意したとみなすぞよ。なーんちって、どわっ」


 さすがに意識のないメイドの唇を奪うことに一片の躊躇を蔵人は覚えたのか、そっと身体を離した瞬間に、ベッドの隙間に落ちていたバナナの皮によって体勢を崩した。


 ――ンなアホなっ。ベタな漫画かよ!?


 蔵人がメイドと唇を合わせた瞬間に機械的な音が室内に鳴り響いた。


「――コード03。素体を起動します。ご注意ください」

「ンなっ。なんじゃこりゃ?」


 本能的に危険を感じた蔵人が後方にバッと飛び退ると椅子に腰かけていたメイドの耳から音を立てて蒸気が発せられた。


「ぶはっ。なんだあ?」


 凄まじい量の白煙である。

 蔵人の目の前はたちまちに乳色の霧に包まれ視界が利かなくなった。


「なんだなんだなんだなんだッ。こっからなにが始まんだよ?」


 蔵人は腰の長剣に手をかけながら身構えた。ほどなくして蒸気の霧が消え去ると、そこには椅子から身を起こしたメイドが無表情のまま蔵人を見つめていた。


「お、おお。気づいたかメイドちゃん。僕ちんがきみのご主人さまだよ。さあ、安心してなにもかもをこの俺にゆだねるのだ」


 ふざけた蔵人の言葉に反応したのかメイドがわずかに顔を動かした。


 次の瞬間――。


「うわっ、まぶしっ」


 メイドの瞳からひと筋の光が放射されると蔵人を顔を射た。


「マスターを登録、マスターを登録。素体はデータを更新中です。しばらくお待ちください」


 メイドはエプロンの前で両手を組み合わせたまま静止すると唇を尖らせて、あきらかに人間の声帯では発することができない曲を奏で始めた。


 クラシックに似た保留音がメイドの喉から流れるのはシュール過ぎた。


「ウィーンガシャンウィーンガシャン。はじめまして、あるじさま」


(こいつ口でウィーンガシャ言うとる)


「私はジェシー。メイド型オートマータでございます。あるじさまをマスターとして登録いたします。次の発信音の合図が流れましたらお名前をお話しください」


 ジェシーと名乗ったメイドの後頭部からピーッという機械音が流れた。


「志門蔵人」


 なにひとつ警戒することなく蔵人は本名を名乗った。


「シモン・クランドさまですね。――登録終了です。以後、末永くよろしくお願いします」

「お、おう。よ、よろしく。……って、なんなんだよ、おまえは!」

「?」


「いやいや、聞いているのはこっちなんだが。これってどういう状況?」


「と、申されましても。私はこの魔道学院の地下秘密研究所で秘密裏に開発されました汎用人型オートマータでございます」


「うわっ。謎になってた部分のほとんどが明かされてしまったわ! じゃなくて、びっくらしてる場合じゃねーの。ジェシーとかいったか。おまえ、ここの場所について詳しいんか?」


「ええ、詳しいか詳しくないかと言われますと、それはもう、たいそう詳しいですよ。あるじさま。この貴方のお役に立つ忠実無比なこの私になんでもお尋ねください」


「そっか。そんじゃあ教えてくれ。ここは誰が一体全体なんのために作ったんだ?」

「……それを聞いちゃいますか」

「いや、聞けって言ったよな! いま?」


「わかりました。ええ! お教えすればよいのでしょうっ!」

「なぜ逆ギレするのだ」


「いえ、それは私にもちょっと。なにせ、目覚めたばかりなのでまだ本調子ではないのです。少し経てばよくなると思うので。重ね重ね申し訳ございません」

「そっか。ずいぶんと長い眠りについていたんだな」

「三十分です」


「仮眠ッ!?」

「嘘です。それでは端折りますが簡単にご説明させていただきます。ここ魔道学院は表向き帝国に必要とされる魔法使いを育成する有数の機関のうちのひとつとされておりますが、実際には、この地は島でも数少ない土地自体が膨大な魔力を有する地点であり、秘密裏に魔法実験を執り行うにここほど適した場所はないのです。そのため、この地下では国家より密命を受けた研究者がとあるものを作り出すために、日夜心血を注ぎ、あるものを作り上げようとしていました」


「あるモノ?」

「最終魔道決戦兵器オメガです」

「なに、それ……?」


 蔵人はロボットたちが世界を超えて集結してグダグダに戦うゲームを思い浮かべていた。


「詳しくは知りませんが、かつて偉大な魔道士が帝国を滅ぼすために作ったゴーレムが基礎となった超絶兵器らしいです。私が小耳に挟んだ噂では、完成間近で近々帝都近郊の野原で大規模なお披露目をすることになっている、と」


「近々? 小耳に挟んだとか、噂とかなんかいちいち気になるフレーズだな。おまえは、このラボの研究員と親交があったんか。そやつらはどこ行ったん?」


「いえ、本当のことを言うと私はここから出たことはありません。完成してからずっとこの場所に閉じ込められていた、いうなれば悲劇のプリンセスですね。にこー」


「なんだよ、その不自然なせせら笑いは」

「いえ、親愛なるあるじさまに喜んでいただこうと思いまして。ほら、女は愛嬌って言うじゃないですか。いつもより120パーセント増量のスマイルですよ。にこー」


「誤魔化そうとしてるだけだろ」

「にこー。男は細かいこと気にしちゃだめですよ。にこー」


「なんかおまえと話してると頭が痛くなってくるな。本当にオートマータなのか? 疑わしいな」

「本当ですよ。なんなら触って確かめてみますか、チェリーなあるじさま」


 ジェシーは蠱惑的笑みを浮かべると、両腕を交差して胸をグッと押し上げて性的アピールを行った。

 チェリーではない蔵人は特に躊躇せずジェシーの胸を鷲掴みにした。


「まあまあだな。ちょっと固めか?」

「……」


「おい、般若みてーな顔すんなよ」

「あるじさま。乙女の胸を乱暴に凌辱するなど紳士にあるまじき行為ですよ」

「揉んでいいって言ったじゃんか」


「言ってません。しかしこうなったら、私がやるべきことはひとつ。少しだけお待ちを」

「なんだァ?」


 ジェシーは蔵人をその場に待たせると、部屋の奥にあった扉に入ってなにごとかをやり出した。


 ――もう行こっかな。


 蔵人が飽き出したとき、ジェシーは再び姿を現した。


「お待たせしました」

「なんのつもりだ?」

「いえ、責任を取ってもらおうかと」


 純白のウェディングドレスを着て色取り取りの花束を抱えたジェシーは頬を朱に染めて恥ずかしそうにうつむいていた。


「意味がわからないんだが」

「あるじさまは本当の意味で私のあるじさまになるんですね。ぽっ」


「あ、おつかれしたー」

「どこ行くんですか」

「どこって、帰るんだよ。日常にな」

「まあ、そうおっしゃらずに。この部屋でごゆっくりなさっていってください。半万年ほど」

「灰になっとるわ!」

「あんっ」


 蔵人はジェシーを蹴り倒すときびすを返して入ってきた階段に向かった。


 しかし、なぜか石段に続く扉は閉まっていた。


「ふざけんな。こんなところに居られるか! ぐっ、かたっ。扉が開かねぇ」

「あるじさま。そう簡単に私から逃げられると思いましたか。甘いですよ。夫婦は二世主従は三世と申しますでしょう」


「その言葉は聞いたことあるがたぶん意味が違う」

「いいではありませんか。この部屋で残り少ない余生を私に奉仕されながら生きるがよろしいかと存じます」

「残り少なくないからな。俺は五百歳まで生きる予定だから」



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