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LV72「不思議なメイド」

「さあ、いよいよご対面だ」


 中心部の部屋にリンジーはいた。

 だが、当初の予想とはまるで違って彼女はペタンと床に座り込みながら呆然とした様子で途方に暮れていた。


「あば、あばばば。ない、なんで……なんでないの」


 真っ白な大理石で組み上げられた台座の上には、いましがた割られたばかりと思われるガラスの破片が無数に散らばっていた。


 足元には青みがかった液体が部屋の床一面を浸していた。蔵人が指先ですくって鼻先に近づけ匂いを嗅いでみるが無臭である。危険はとりあえずなさそうだった。


 ――それよりもリンジーだ。


「おい、なにやってんだ。大丈夫か」


 蔵人はリンジーに呼びかけるがなんら反応がない。顔の前で手のひらをひらひらと舞わせてみたり、肩を揺するが依然呆然自失といった体であった。


「リンジー。ここで一体なにをしていたのですか」


 アシュレイも屈みながら話しかける。しかしリンジーは虚脱状態でなにもない台座の上をボーッと見つめたまま反応がなかった。


「……」

「だからといって気安く乙女の胸を揉みしだくなっ!」

「ひらり」


 蔵人はリンジーの拳を素早くかわすと悠然とした態度で両腕を組んだ。


「気つけ代わりだ。礼なら必要ないぞ」

「あなたって真正の変態ね。アシュレイもよくこんなやつと行動できるか謎よ」


 正気に戻ったリンジーは苦り切った表情で床を靴のカカトで何度も打った。


「クランドが不埒なのはわかりますが、勝手に見張りの義務を放棄してこのような場所へ秘密裏にゆくリンジーもどうなのでしょうか」

「うぐっ。そ、それは……」


「私たちになにかひとことあるべきだったのでは? 少なくともクランドは仲間に危険が及ぶ可能性がある場所で重要な役目を放り出すようなことはしません」

「わたしにも理由があるのよっ」

「返答になっていませんね」


「むぐぐっ。アシュレイ、あなたって思ってた以上に頭が固いのね。こっちにも事情ってもんがあるのよ!」

「まるで納得できませんね」


 アシュレイとリンジーは額をこすりつけ合うほどに鼻先を突き合わせて睨み合っている。


 ――この状況じゃリンジーはそうそう理由を吐かんだろ。


「おい、おまえらな……」

「なによっ」

「いま話し合いの最中ですっ」

「……はい」


 蔵人は自分の口に両手を押し当てて黙った。


(まあ、好きなだけ言い合いさせよう。この際、お互いの腹ン中ぶちまけさせたほうがいい)


「とりあえずそのへんの様子をぐるっと見てくるぞ」


 蔵人は両者の睨み合いを完全に放置すると、奇妙な部屋の散策を始めた。






「にしても、変わった場所だな。魔術師か錬金術士の研究室なのか?」


 奥に進むと壁際には幾つもの扉があった。

 目を凝らしてみても鍵穴のようなものが存在せず、代わりに通常ドアノブがあるはずの位置に四角いプレートがはめ込まれていた。


 扉には、それぞれ金属の板が打ってあり文字が刻まれているが、当然ながら蔵人に解読できる類のものではなかった。

 大陸の文字でも島のものでもない。別のなにかだ。


「開けられない無数の部屋か。ワケわからん。機密保持のためか?」


 ぺたぺたと手を伸ばして扉の表面を触ってみる。予想に反して、金属のような冷たさはなく硬めのゴムのような独特の感触で、どこか温かみさえ感じられた。


「ん。なんだここは、動くぞ」


 適当に扉を触っていると奇妙に直感へと働きかける一室があった。


「この場所になにかあると俺の直感がそう言っている」


 手のひらを着けて右に動かすと、一瞬だけ胸元に刻まれた紋章が熱くなったのを感じた。


「わ、わわっ」


 同時に扉は軽やかに開くと蔵人は中に転がり込んだ。


「な、なんじゃらホイ?」


 一転して石造りの狭い部屋である。小型のエレベーターほどの広さの部屋には下降するための長い階段があり、その先の闇に続いていた。戻ろうにも背後は石壁で閉じられている。蔵人が選ぶ選択肢は限られていた。


「となりゃ、行くっかないっしょ」


 ゆっくりと狭い足場の階段を下りてゆく。進むごとに階段脇にあった燭台へ次々と明かりが灯ってゆく。淡い光に目が馴染んだ蔵人は地獄の底にまで続いていそうな足元にぶるりと全身の毛を震わせた。恐怖ではない。好奇心からくる武者震いだ。


「さあ、盛り上がってきたな」


 下降に飽き始めたとき、階段下から強い光が漏れ始めてきた。勢い込んで蔵人は足を滑らせると尻を石段に打ちつつ、最後の最後には転がった。


「どわっ、たはっ!」


 頭を打ちつけるのはなんとか回避する。蔵人が前転しながら起き上がると目の前には簡素なベッドがあり、すぐそばの椅子にはひとりの女性が深く座っていた。


 白い部屋だった。

 天上も床も壁も染みひとつない純白だった。くすみがまるでなく、いましがた出来上がったばかりといわれても納得できる新品の光沢があった。


 そして眩しさ。真昼の太陽の下と変わらない光量に蔵人は目を細めた。それよりもなによりも、部屋に女性がいるという事実が心を限りなく逸らせるのだ。


「美女発見じゃい!」


 そこには金色の髪をシニヨンでまとめた美しいメイドがいた。



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