LV07「志門蔵人」
「お、お嫁にしか行けない身体に……」
「あ、あのさあ。アンタ、だいじょーぶかい?」
「そう思ったらさすってくれよ」
「……ダイジョブそうね」
レンジャー職の少女サラはしゃがみ込んだまま黒衣の男のバサついた後頭部をツンツンと指で突いた。
男の名は志門蔵人。
国籍は日本。
異世界勇者である。
厳密に言えばそのような職業があるわけではない。
称号だ。
職業は冒険者で、いうなればゴロツキだった。
異世界の住人から見ればそうとしか言いようがない存在なのだ。
もとを正せば、この男、現代日本から剣と魔法の世界に故あって召喚され、なんやかやと世界の終末を避けうるために八面六臂の大活躍をした――という過去があった。
蔵人は極めて平均以上の強メンタルを持ったニッポンが生んだ二十二歳の快男児である。
とある事情によって、このブルトン帝国のある島に、生活の拠点であったロムレス王国のある大陸からやってきたのだった。
「まったく、あの姉ちゃんも相手が俺じゃなきゃ無実の人間をサツガイしてたとこだったぜ」
「へーきそうね」
「平気じゃねぇし。俺のタマタマは繊細なんだ」
「げっひんなやつ」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
無駄口を叩く間にも蔵人の股間に受けたダメージは回復した。
彼の胸元に輝く不死の紋章は、あらゆる傷を自動で完治させるというチート的なスキルだ。
この一点が蔵人を勇者として数々の偉業を遂げさせた証拠であった。
「んで姉ちゃん。アンタの名前はサラとかいったか。ちょいと訊ねるが、あのセクシーで俺のごのみなシスターちゃんのヤサはどこだよ」
「え? てか知らない」
「ハァ? おめーらパーティー組んでたんだろーが。嘘じゃねーべや? そう言ったべ?」
「そうだけど。彼女、エミリーとか名乗ってたけど、たぶん偽名よ。呼びかけても返事しなかったことが何度もあったし。冒険者なんてみんな後ろ暗いことのひとつやふたつ抱えてるのが普通だけどさあ。そういうことで、彼女の住んでる場所もよく知らないのよ。パーティーっていっても急造だしね」
「ふーん」
「興味なし!?」
「てか、あの姉ちゃん俺さまが優しく抱きとめてあげたってのに、普通はコロリといくはずなのだが。一体俺のなにが不満だったんだ……?」
蔵人は深刻な顔で自分の顎に手をやった。
「いや、ぜんぶでしょ」
「そおい!」
「あいたっ」
蔵人のチョップが決まったサラは軽く涙目になった。
「感謝の念が足らんな。これだから女ってのは……」
「いきなりお尻触ったりするからでしょ。変態」
「変態じゃありません。変態という皮を被った至極真っ当な紳士だ」
「紳士からはかなり隔たっていると思うケド」
「しかしなんだなぁ。あのシスターのお姉ちゃんなにか仔細がありそうな雰囲気だなァ。つけこむ余地が、ゲフンゲフン。そこでだ。こんな道端で長話ってのも間が抜けてる。サラよ。ここはひとつ情報交換という名目、じゃなくてだな。互いをよく知るために、そこの場末の酒場で一杯……おろ?」
路傍であぐらをかいていい感じに浸っていた蔵人が向き直ると、そこには誰もいなかった。
「チッ。人が危険を冒して女漁り、じゃなく人命救助したってのに。礼のひとつもないなんて」
「なぁーに、ブツブツ言ってんのよ」
「うひっ。なんだ、おまえさんか。びっくりさせんなよな」
そこには木のカップに水を汲んだサラが立っていた。
「ほら、一戦交えて喉渇いたでしょ」
「おお、ありがてぇ」
蔵人はサラから受け取った水をひと息に飲み干すと顔中で笑った。
「ねえ、クランドって言ったっけ。アンタとんでもなく強いわね。正直、彼女を助けてくれたことは感謝してるわ。ありがと。と、それでね。時間があるなら一杯だけつき合うわよ。でも、変な勘違いしないでよね。お酒を奢るだけよ。ついでにアンタが必要そうな情報も教えてあげるわ。よそ者にこの島は世知辛いでしょーから」
「……どうして俺がこの島の人間じゃないってわかったんだ」
「にひ」
サラは軒先に掲げられた酒場の灯火に指先の硬貨を晒してみせた。
「これロムレス王国の銅貨ばっか。地元の冒険者で使い勝手の悪いこんなもん袋に詰めて歩いてるやつなんていないわよ」
「掏ったんか。いい腕してらァ」
「生憎と、冒険者になる前はちょいと名の知れた盗賊だったのよ」
「そんじゃあ一杯だけ馳走になるかな。ついでに大陸の土産話でもしてやるよ」
蔵人は立ち上がると白く丈夫な歯を見せて不器用なウインクを飛ばした。