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LV69「安らかに眠れ」

 学院内を徒歩で見分して調度品や出入り口を頭に叩き込んだ蔵人たちは、寄宿舎の中でもっとも中央部分にある二階の一室に陣取った。


 部屋の中はつい先ほどまで学生が使っていたという痕跡があったが、私物がほとんどおいておらず蔵人の想像していたイメージとは大きくかけ離れていた。


「ふうん。これが魔術師の寮ね。本ばっかでつまらんな」

「なにを期待していたのよ。ここは魔道と学問に勤しむ学生たちの部屋よ。不必要な私物があるはずないじゃないの」


「まあ、俺っちが知ってる寮生の部屋は酒と食いもんのゴミで取っ散らかってたからなあ。ここまで清潔だと学生寮っていうよりビジネスホテルみたいだ」

「クランドは、学生でしたのですか?」

「えー、似合わない」


 アシュレイが興味深そうな声を出すが、対照的にリンジーは眉根を寄せた。


「なにを研究していたのですか」

「研究ってほどじゃないが。史学科だ。歴史さ」

「まあ……」

「なにか、嘘っぽいような、そうでないような」


 リンジーは蔵人の言葉を否定しなかった。


「言うな。自分でも夢の世界の出来事のような気がしてきた。だいたい学問てのは道楽に限りなく近いもんだからな」

「それは暴論」


「ンなことよりも、とっとと夜番の順序でも決めようぜ。時間は有限だ。ぴしぴし準備を終えてのこのこやってくる敵サンをお待ちしようじゃないか」



 ホーホーと無人の魔道学院にミミズクの鳴き声が響き渡る。造りこそは豪奢であるが、建っている場所はド僻地の山の中だ。しんしんと寒さが徐々に忍び寄る。


 蔵人は部屋の真ん中に陣取りながらひざかけを気持ち脚の上に置いて窓の外を見やっていた。


 いつ、誰がやってくるかはわからないのでさすがに酒を呑む気にはなれない。いざというときに酔っていました不覚を取りましたではあまりにも死にざまに格好がつかないからだ。


 見張りの順番は蔵人、アシュレイ、リンジーの順番である。日が落ちて軽い夕食をとったのち、部屋の二段ベッドにレディたちを潜り込ませたあと、蔵人は特に緊張した様子もなく真面目に見張りを行っていた。


 蔵人の手元には先ほどから食べている干し肉があった。塩気が思いきり効いていて長期の保存に耐えうる旅にはもってこいのシロモノだ。腹の足しにするわけではなく、細かく噛んでしゃぶるのは唾液を引き出すためである。満腹にならず、かつ、気を紛らわせるためには充分な夜のおやつであった。


「すみません。ぐっすり眠ってしまって」

「いんや、たっぷり四時間だ。夜は長い。そう焦らなくてもいいさ」


 二段ベッドの上で毛布をかぶっていたアシュレイが音もなく降りてきた。昨晩は眠れなかったようで、無理をしていたようであったが若い身体はわずかな睡眠で十二分に回復を遂げていた。


「おふたりとも朝まで眠っていらしても構いません。そのくらいにいまの私は充実しています」


「無理しなくていいから、ちゃんと時間になったらリンジーを起こせよ」

「……はい」


「なんか不服そうだな」

「そんなことはありませんよ」


「まあ、いい。俺はアシュレイちゃんの匂いに包まれながら安らかに眠るとするかなー」

「だから、いちいち口に出さないでください」


 休息も戦いのうちである。蔵人は外套も脱がずにアシュレイが寝ていたベッドの上段に潜り込んだ。


 ギシギシと音を立ててハシゴが歪むがリンジーは毛布をひっかぶったまま身じろぎもしない。


(なんか色っぽい寝息とか聞こえないかな)


 くだらないことを考えているうちに、蔵人の目蓋は次第に重くなって四肢はだらんと伸び切りゆっくりと夢の世界に落ちてゆく。



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