LV68「奇妙な事件」
「変態、変態、変態! アシュレイ、あなたなんでこんなケダモノ連れてるのよっ」
「失礼だな。友好の情を示しただけだというのに。俺の国ではこれがスタンダードなんだ」
「そんな変態国家あるかっ」
「まあ嘘なんだが」
「こ、このーっ!」
「クランド、少しあっちでお話をしましょうか」
アシュレイが低い声を出すと同時に蔵人はたらいで水をぶっかけられた野良猫のようにその場を素早く逃げ去った。
「え、あ、え? 逃げた。大の男が逃げたわよっ!?」
「すみません。悪人ではないのですが」
平身低頭リンジーに詫びるアシュレイだった。
「んで、その賢者サマはあんなところでなにしてたんだよ。高いところに括られるのが趣味なのか?」
「違うわよっ」
「あの、クランド。話が進まないので少し黙っていてもらえますか」
リンジーを助けた蔵人は当然のような顔つきで魔道学院の中に場所を移していた。異様な気を感じることは感じるのであるが、ゴチャゴチャ悩むよりも当たって砕けろが信条なのだ。
場所は魔道学院の食堂である。数百人が一堂に会して食事を行っていたであろう場所も、いまやしんと静まり返っており、むしろうすら寒さが目立っていた。
「ふん。それじゃできるだけ順序立てて話すけど、もし疑問が湧いたらわたしの話が終わったあとにまとめて質問してちょうだい。話の腰を折られるのは嫌いなのよ」
「おう。できればエロエロな実体験も合間合間に差し挟んで聞かせてくれるとありがたい」
「あのね……」
「あ、俺は柏木より奈倉派だからそこんところよろしく」
「アシュレイ、こいつぶっ飛ばしていい?」
「すみません、すぐおとなしくさせますから」
蔵人はアシュレイの肉体言語を駆使した説得ではしゃぐのをやめた。
「なかなか話が始められないじゃない。ちょっと深呼吸させて。ふう。さ、気を取り直して。わたしが魔導師協会からこの地域に派遣されたのは、あなたたちも知っているようにこの近辺でめったやたらに起こっている村人の蒸発事件の調査。これが本筋」
「蒸発事件。私たちが泊まったロンディング村で起きているのですか」
「気づいたでしょう。あの村に若い人間がひとりもいないことに。だいたい、老人だけで共同体が維持できるはずもないわ。そのことで調査に来たのだけれど、うん、その、ちょっと運悪くポカやっちゃって」
「ポカってなんだ?」
「……うん。まあ、それはおいておいて。来る途中、見えたでしょ。この裏手にある山の中腹にある建物。あれは古代の砦なの。あそこにロンディング村に悪さする魔物が棲みついているの。わたしもまだ本調子じゃなくてさ。ちょーっとだけ不覚を取ったのよね。とりあえず、今晩さえ凌げれば帝都から増援部隊が到着するはずだから、今回の件はそれで解決するはずよ」
「ちょっとだけ不覚、ね。そんじゃあひとつ聞きたいんだけどよ。おまえさんはあそこでになにやってたのよ。魔物と戦ってああいう状況になったの」
「う。多勢に無勢よ。隙を衝かれたの! ともかくも、あなたたち。ここにきたってことはちょっとは腕に覚えがあるんでしょう。特別に大賢者であるこのわたしが討伐に同行する許可を出してあげるからありがたく思うことね! あ、隣の別館は寄宿舎になっているから一緒に泊まりましょ。バラバラに行動するよりそっちのほうが安全でしょ。と、学院の案内は任せなさい。事前に地図を確認しておいたから抜かりはないわ。わたしについてきなさい」
リンジーはそれだけ言うとせかせかした足取りで食堂を出ていった。
「それではクランド。私たちも――」
「ちょい待ち」
「なんですか」
「おかしくね」
「彼女のことでしょうか。私は特になにも感じませんでしたが……」
「最初に気になったのは、リンジーがあの大時計に括られてたことだ。普通に魔物と戦ったなら無傷ってのはおかしい。少なくとも俺がキャッチしたときにはそれらしい傷は見当たらなかった」
「それは……驚きです」
「だろ?」
「クランドはてっきり不埒なことを前提で彼女を助けたのかと――まさかそこまで深い洞察を巡らせていたとは。謝罪します」
「ふ。いいってことよ」
(感触を楽しんだのも真実だしな)
「続けるぜ。俺たちが魔道学院にたどり着いたときには闘争の気配はなかった。これほど近くにいて、チャンチャンバラバラやり合ってるのになーんも気づかないほど俺たちはお馬鹿さんじゃないだろ。そもそも、こんな怪しい建物を調べるってんでいつもよりピリピリしてたくらいだ。ってことは、どう考えてもリンジーが主張する魔物と格闘してポカをしたってのはおかしい。どーもしっくりこないんだよなあ。彼女にはなにか秘密がある」
「確かに、クランドの言うとおりです」
「そんで、リンジーは俺らのことを安易に信用しすぎ。アシュレイの顔を見知っていたとしても、別に特別信用できるダチってわけじゃないだろう。それをさあ。ああホイホイ会ったばっかりの人間を招き入れたり、内部事情をペラペラ明かすのはありえなくないか?」
「けれど、クランドは私の事情をそれほど深く知らない状況で助けてくれました」
「それは――俺がすんばらしい博愛の男だからだ!」
アシュレイがふんわりと「わかっていますよ」というように微笑を浮かべるので蔵人は居心地が悪くなった。
「知っています。クランドが優しいということは」
「う」
「それでも、私は本当に救われたのですよ。それにリンジーの事情がどうであれ、魔物のせいで罪もなき村人が苦しんでいるのは確かでしょう。迷宮の加護も重要ですが、村人たちを救うのは天意に叶うと私は思います。そして私はウォーカー家に生まれた者としてか弱き民を守る責任があります」
(たく、どこまで甘ちゃんなんだか。絶対そのうち悪い男に騙されるぜ)
「別に見捨てるとは言ってねぇさ。それに回れ右しろって言ったってアシュレイちゃんはやる気なんだろ」
アシュレイがどこか嬉しそうに微笑みうなずくのを見て蔵人は仕方ねぇなとばかりにガリガリ自分のもみあげを掻いた。




