LV67「リンジー・ドラン」
「アシュレイ、気をつけろよ。どうやらひと筋縄じゃいかんらしいぜ」
「ええ、クランドも気を抜かぬように――?」
視線を上に向けたアシュレイの表情がギクッと硬くなったのがわかった。
蔵人も続けてアシュレイの視線を追った。
玄関入り口のはるか上に据えつけられている巨大な時計の長針に、人が括りつけてあった。
――人よけの呪術か?
蔵人もアシュレイもここに至るまで確かに魔道学院の正面にある大時計は目に入っていたが、そこに括ってあった人間には気づかなかった。
「シュールだな」
「女性、でしょうか」
「むむっ」
アシュレイの言葉に蔵人の敏感なセンサーが素早く反応した。厚ぼったい霧が晴れてゆくように蔵人の視界には大時計の長針に括ってある女性の輪郭があっという間に鮮明になった。
青い魔女帽に身体の線がハッキリわかるドレスを纏っていた。深いスリットの入ったドレスからは黒いタイツを履いた長い脚が伸びている。
(ボディの確認ヨシ! 重要なのはツラだ――うむ、ヨシ!)
気づけば蔵人は無意識のうちに指差呼称を行っていた。
意識を失っているのだろうか。目蓋は伏せられているが、整った目鼻立ちは間違いなく美女である。年齢は二十歳前後だろうか。女性の年齢は推量しづらいが、蔵人からすれば若いということが確認できればあとは問題なかった。金色の長い髪が風に煽られてゆらゆらと揺れている。微妙なバランスがいまにも崩れそうであった。
「あ、落ちます!」
「道徳的見地からこの蔵人さまがお助けするぅーんだ!」
「ちょ、待ってください。なにかの罠かも――」
「罠があったら噛み破る」
大時計の長針に引っかかっていたマントが裂けたのか、美女が自由落下する。蔵人は猫科の猛獣を思わせるよどみない動きでたちまちに落下地点に到着すると、両手を広げて落ちてきた女を受け止めた。
「ぬおっ。がはは、我ながらナーイスキャッチ」
「クランド!」
慌ててアシュレイが駆け寄るがその前に蔵人は落下美女の身体をここぞばかりに堪能していた。
(揉み揉み。うむ、グッドだ。アシュレイちゃんほどではないがこの子も中々に須原らしいバディを持ち合わせておるではないか)
「うむ、どうやら怪我はないみたいだ」
「ではなくてですね。私はあなたの――もういいですっ」
「な、なんだよ、アシュレイちゃん。いきなり怒り出して」
「とにかくこの場に寝かせるわけにはいきませんよね。中に運び入れいましょう」
「いや、この子は気を失っている。素人判断で無理に動かすのは危険かもしれない」
「素人判断……?」
「大丈夫だ。こういう場合の処置は知っている。俺はBSでER見てたからな。任せろ」
「言ってる意味がわからないのですが、たぶんクランドは間違っていると思います」
「そう言うなって。こういう場合はだな。なによりもまず人工呼吸だ。がはは。それにお姫さまは王子さまの熱いベーゼで目を覚ますのがテンプレだからな。んでは」
「やめい!」
「がはっ」
蔵人が謎の美女にタコチュウのように唇を突き出すと同時に綺麗なアッパーカットを喰らってもんどり打った。
美女は座り込んだまま自分の身体を両腕で抱え込むようにして防御態勢を取っていた。
「受け止めてくれたから黙ってたけど、見ず知らずのアンタに唇まで許すつもりはないわよっ」
「フフ、どうやら俺の神算鬼謀と称される策が当たったようだな」
「嘘つけ!」
「あなたはいったいどなたでしょうか」
アシュレイがやんわりと訊ねた。
「ごめん。まずは助けていただいたことに感謝するわ。ありがとう。わたしはリンジー。この魔道学院の卒業生よ。ご覧のとおりここで起こった事件を調査するために帝都から派遣されてきたの。ま、ちょっとだけドジ踏んじゃったけど、とりあえず助かったわ」
「なんであんなとこに引っかかってたんだ? 趣味か?」
「……」
「無視すんなよな」
「ぷいっ」
リンジーは蔵人に対してそっぽを向いた。
「帝都から……わざわざこのような辺境の村に? 私の名は――」
アシュレイが胸に手を当てて名乗ろうとしたので蔵人は引っ張って止めた。
「なんですか」
「おいおい、人のことをどうこう言う前よりも自分が気をつけろよ。堂々と名乗ってもいいのか」
「あっ……」
「ひそひそ内緒話もいいけど、ぜんぶ筒抜けよ。あなたはアシュレイ・ウォーカーね。一度、帝都の夜会で会っているのだけれど。忘れてしまったのかしら」
アシュレイはリンジーをしげしげと眺めたあと、珍しく目を真ん丸にした。
「ああ、そういえばあなたは最年少で賢者の称号を得たというあの高名なドラン家の末裔」
アシュレイが言うとリンジーは素早く立ち上がってむふんと胸を反らした。
「そ。わたしがそのドラン家のリンジーよ。言っておくけど魔道士協会は政争に首は突っ込まない主義だから、あなたのことを官憲にどうこういうつもりはないから、安心してちょうだい。この五芒星と賢者の称号に懸けて誓うわ」
「すみません。帝都の事件から疑り深くなってしまいました。賢者リンジー。私がアシュレイ・ウォーカーであることは間違いありません」
「それで、その男は? どう見ても公爵令嬢の貴方とはそぐわない人種みたいだけど」
「オッス、おら蔵人。よろしくな!」
しゅばっと蔵人が右手を上げた。
「ふぅーん。よくわかんないけど、クランド? よろしく――」
「ふぅむ。大きさはともかくだ。形はアシュレイちゃんよりも勝るかもしれん」
蔵人は差し出された右手をかわすようにしゅるりと背後に回ると、無遠慮にリンジーの乳房を鷲掴みにして五指を動かしてやわらかな感触を思うさま楽しんだ。
「きゃ、きゃあああっ」
「がふっ」
リンジーは後頭部を蔵人の顔面に叩きつけると痛みでその場にしゃがみ込む。
蔵人は赤くなった鼻をさすりながら顔をしかめた。




