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LV64「ロンディングの村」

 ロンディングはかつて素晴らしい質の材木が取れることで知られたブルトンにおける有数の村であった。


 なだらかに四方に広がる山からは、豊富なスギやヒノキを容易に得ることができ、ズルズルベリーとの中間にあたるロンディングは、旅人が足を休める丁度よい宿場の村でもあった。


「そいつがどうだ。ここには往時をしのぶロクな店もない。おまけに村に一軒だけあるって宿もこの体たらくじゃ。野宿のほうがマシかもな」


 蔵人は古びたベッドの上に腰を下ろしたままブンむくれた表情で吐き捨てた。


「クランド、贅沢を言ってはきりがありません。それよりも一夜の宿を借りられたことにたいして神に感謝するべきです」


 蔵人は埃だらけのシーツを摘まむとその場で両手を合わせて祈りだしたアシュレイを一瞥してげっそりとした顔をした。


「さよか……」


(いくらなんでもこれじゃあロマンチックな夜とはいかねーな。こんなとこじゃ下手すりゃ腰を悪くすらあ。虫が出んように薬でも焚いとこかな)


 手入れのゆきとどかない安宿のベッドにはノミシラミ南京虫がわさわさと湧いて出てるのは至極当然なことである。


 そのような宿のベッドで一夜を過ごすのならば、納屋や物置の清潔な藁の上で過ごしたほうが刺されないだけマシというものだ。


「クランドがいうように寝具は上等ではありませんが、きちんと手入れはなされておりますよ」


「そか?」


 アシュレイは女性だけあってそのあたりの目配りはよっぽど蔵人などよりもしっかりしていたらしい。


 確かに室内の調度品はどれも古臭く時代がかっていたが、窓の桟にも目を凝らすとほこりひとつない、この世界では珍しいほどマメな掃除がゆきとどいていた。


「にしてもよー。この村、ジジババばっかだよなあ。若い衆がひとりもおらんぞ」


 蔵人は窓を開けて空気の入れ替えをしながら頬杖をついて外の様子に目をやった。

 村に足を踏み入れて宿の案内を乞うまで、蔵人たちは無数にシワの寄った顔をした後期高齢者以外に会うことはできなかったのだ。


「おかしくね?」

「仕事に出ているだけなのでは」


「それならそれでいいんだがよ。ガキもいねーんだよ。一匹もな」

「子供の姿ですか。確かに見かけませんね」


 時間的には昼を回ったばかりである。ロンディングが小さな村であっても、この規模の大きさで子供の姿をひとりも見かけないというのはおかしかった。


 農村地帯は子だくさんがあたりまえである。ひとりっ子が圧倒的多数の現代日本などとは比べものにならないほど人間の数は直接国力に直結し、できる限り増やすのが使命といわんばかりにどこへ行っても大家族が普通な世界なのだ。


「仕方ないなあ。こうなったら俺たちで作りますか」

「夕飯は下で賄いを出してくれるそうですよ。ありがたいことです」


 蔵人はシャツの前を開いて発達した胸をさらけ出したがアシュレイにスルーされた。


「無視は悲しいぞ」

「怒りますよ」


「さーて、メシまでそのへんを探検してきますか」

「遠くには行かないようにしてくださいね」

「ガキじゃねっつの」


 蔵人は宿屋を出ると特に目的も定めず歩き出した。だが、かつては繁栄を誇った材木の中継地で知られるロンディングもいまや見る影もない。


 村のあちこちを歩き回るが人影は少なく、あってもかなり老齢の爺婆しか見当たらなかった。


 極度に若者が少ない村で考えられるのは戦争で徴兵された以外に理由はあまり思いつかないが、そのあたりはアシュレイが否定していた。


 島では、ここのところ帝国軍が極度に民間から徴募する大規模な戦争は起きていないとのことである。ウォーカー家や有力諸侯と帝国のいざこざはあくまで常備軍のやりとりが主で、村々から男児が払底するほどの徴募はかけていないらしい。


 そもそもが、いくさで男が戦争に取られていても、女子供がまったく見受けられないのはつじつまが合わないのだ。


「なーんかひっかかるなあ。かといって、この頭ン中のもやもやをどうこうする方法も思いつかないし」


 蔵人はなんとか村人から情報を引き出そうと試みたが、ほとんどは会話をさけて家の中に引っ込んだ。かろうじて数人が「流行り病」を口にする程度の取ってつけたような理由を申し訳程度にボソボソと陰鬱な表情で口に出す。蔵人にはそれ以上探り出すことはできなかった。


「なんだかスッキリしないな」


 村はずれの川岸まで行くと、七十過ぎかと思われる老人が優雅に釣竿を立てていた。


「爺さん、釣れるかね」

「さあな。ちっとも当たりがこねえんだ」


 と、ありきたりなやり取りをした瞬間、川面に散弾の玉を撒いたかのように細かな飛沫が湧くと途端に老人の竿がギッとしなった。


「きやがったか。たまげたな」

「おい、爺さん。食ってるぞ!」

「焦るな」


 たちまちに老人の桶は釣り上げられた獲物で一杯となった。奇妙な色をしたパーチは桶の水を激しく打ち鳴らしながら盛んに跳ねている。


「入れ食いじゃんか」

「どうやら兄さんにはツキがあったようだな」


 しゃがみ込んでウキウキした様子の老人を眺めていた蔵人がなんとはなしに視点を動かしたのは物の弾みというやつだった。川岸の向こうの山の中腹には小さな城のようなものが、そしてすぐその近くにはこのような辺境には似つかわしくない大きな建物が見えた。


「なあ爺さん。あそこの建物はなんだ?」

「――近づかんほうがええぞ」


 途端に老人の表情が曇った。


「地元の人間だろ。知らんのか?」

「魔導学院だ。なんでも腕っこきの魔法使いのタマゴが集まっていたようだが、いまは誰もいない。廃墟だそうな」


 それだけいうと老人は急に怯えたような顔つきでそそくさと釣り道具と桶を片づけると、さっさと村に戻っていった。


「あ、おい――」


 蔵人は立ち上がると老人の走り去った村の方角を見つめながら自分のもみあげの部分をポリポリと掻いた。


 空には陰鬱な雲が異様な厚みを帯びて広がっており、仰いでいるだけでどうにも気分が沈んでゆく。


「帰るか」


 ぽそりと呟いた。どうにも面白みのない村だ。こういう状況のときに取るべき道はひとつ。メシをかっ喰らって酒を呑んでとっとと寝てしまうことだ。蔵人は無性にアシュレイの顔が見たくなり足早に安宿へと戻った。



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