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LV63「振り出しに戻る」

「鍛え方のバランスが悪すぎだ」


 蔵人が言うようにディックは生まれつき優れていた上半身の強化は行っていたが、その重さに貧弱な下半身がついていけなかった。


「慈悲深い俺に感謝しろよ。これでも手加減したんだぜ。さあ、キリキリ吐いてもらおうか。おまえさんの兄貴たちの居場所をよ」

「馬鹿が。兄弟を売ることはできぬ」


 それだけ言うとディックは大口を開けて真っ赤な舌をべろんと飛び出させると、頑丈な四角い歯を一気に咬み合わせた。


「あ、クソ!」


 これには止める暇もない。ぶつりとディックの舌の半ばは千切れて落下し、残った舌がたちまち喉奥に巻き込まれて気道をふさいだ。


 ディックはしばらく巨体を震わせていたが、それは断末魔の痙攣であった。ほどなくして身体を弛緩させると首をガクリと横に倒して動かなくなった。


 絶命したのだ。


 蔵人は黙ったまましゃがみ込むとディックの白目を見つめながらわずかに眉間にシワを寄せた。






「くそ、これでまた振り出しだ」


 バローズ三兄弟の末弟であるディックを打ち倒したあと、蔵人は野営の焚火を見つめながら柄にもなく愚痴をこぼしながら、小枝をへし折っていた。


 ガリガリとうしろ頭を指先で掻く。簡単に手がかりが掴めると思っていなかっただけに、アジトを突き止めることができただけで僥倖だった。


 そもそもが島に渡ってひと月も経たぬうちに、バローズ兄弟の行方を探し当てただけで大金星なのだ。


 だが――。


 賞金首のひとりであるディックから情報を引き出す前に死なせたのは蔵人として失策だった。


「ツキがあるんだか、ないんだか……」


 蔵人は口を尖がらせながらブチブチと繰り言を呟き枝先で焚火を引っ掻き回す。


「そう気落ちすることはありません。少なくとも賊に虐げられていた無辜の少女たちを救うことができました。これはクランドにとって善徳を積むよき行いです。これも神のお導きとクランド自身が天に愛されている証拠なのでしょう」


 アシュレイはかしこまって座ったまま目を伏せたまま小さく頷いていた。


「けどなあ」

「くよくよするのは貴方らしくありませんよ」


 年下の女性に窘められると蔵人もそれ以上ぶつくさ言う気になれなかった。


 なにより天性の「どうにかなるだろ主義」の持ち主だ。


 蔵人はからりと晴れた青空のような顔で快活に笑うと持っていた小枝を残らずへし折ってからバラバラッと火にぶち撒けた。


「だな。過ぎたことは忘れるか。それに少なくとも確かなことがひとつだけ掴めた」


 アシュレイが不思議そうに眉をぴくりと動かす。


「この島にやつらがいるのは間違いない。仇はあと二匹だ」

「わかったのはそれだけではありませんよ」

「なぬ?」


「アジトに来る直前で尋問した赤毛の男は捕らえた娘たちをズルズルベリーの奴隷市で売り捌くと申しておりました。ズルズルベリーはいま私たちがいるキッジングから南方にあり、島でも有数の栄えた都市です。

 ならば、クランドが探している仇の片割れであるバローズ兄弟の兄たちも合流する可能性が高いのではありませんか」

「おお、そうだな!」


「たとえ探している賞金首が見つからずとも、なんらかの情報が得られる可能性は低くない、と私は思います」


「なるほど。一歩前進だな。ありがとな、アシュレイちゃん」


「いえ、このくらいは当然です。私たちは同志ですから」


「オイオイ、そこは愛し合ってますからって素直になんなきゃあダメだぜえ?」


「クランドはそういうところを直すとさらに素晴らしい紳士に近づけますよ」


「紳士だから淑女に愛を求めるのだ」

「全然違うと思います……」






 翌朝、目覚めた蔵人は気持ちを切り替えて東に進んだ。盗賊のアジトがあったキッジングからズルズルベリーは南東に当たる。


 現在、蔵人が活動する島は、かつて周囲の島々を従えて連合王国を名乗っていたが、数百年前のブルトン王が武力で小国をすべて従えて帝国領に組み込み、領地にした経緯があった。


 道々にアシュレイと四方山話をしながら歩く。


「無論、魔女探しも忘れちゃないぜ」


 蔵人が指先をタクトのように振り回すとアシュレイは表情をゆるめた。


 歩き始めたばかりで日差しは高く、田舎道であるがそれなりに手入れが行き届いており、人の通行もそれなりにあるので野盗やモンスターの襲撃は気にせずによく久方ぶりにのんびりとした旅路であった。


「――と、いうことで私の父をはじめとした由緒ある諸侯はもとを正せばそれぞれ名のある国の王だったのです。とは申しましても、その領地は慎ましいものでしたが」


「へえ、ということはアシュレイは文字通りのお姫さんだったんだな。今度っから敬語使ったほうがいいか?」


「おやめください。いまは家も名ばかりです。領地もなく従う家臣もない私は帝国からすれば貴族ですらないでしょう」


「謙遜しなくともいいさ。氏より育ちって言葉があるが、あれはあんまし的を射てない。家柄が裕福ならば親は子の教育に気を入れるし、なにせアシュレイは物腰も言葉遣いも一級品だ。ロムレスの姫さんと比べても遜色ないぜ。てか、アシュレイのほうがずっと勝ってる」


「持ち上げるのはおやめください。私はこう見えてもおだてに乗りやすい性格なのですよ。それにしてもクランドは大陸の出身ということですが、まるで本物の姫君を目にしたことがあるような口ぶりですね」


「いや、まあ、おひいさんといってもピンキリだからな。背筋を伸ばさにゃならんと思うノーブルな人から、まるで手のつけられないじゃじゃ馬までいろいろいるんだよなあ」


「どうしたのですか。そのように遠い眼を急に」

「まあ、聞いてくれるなよ。と、そろそろ村が見えてきたぜ。まずはひと息つこうか」


 蔵人は遠方に見える小さな集落を指差してのんびりとした口調で言った。





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