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LV61「バローズ兄弟」

「手加減しました。命を失うことはありませんが、半月はまともに動けません。これに懲りたら、盗賊稼業などから足を洗って真っ当な稼業につくことです」


 アシュレイが人差し指を上げて懇々と人の道を説くと、倒れていた野盗の中で一番年が若く気の強そうな赤毛の男が蒼白な表情のまま吠えた。


「おきゃあがれ! 説教なんぞは聞きたくねぇわさ! ……いい気になるなよ。おれたちに手ェ出せばバローズの兄貴が黙っちゃいねぇぜ。いまさら、詫びたって手遅れだからな」


「わからない方ですね。私はあなたたちが正道に戻れるよう忠告しているのですよ」


「ケッ、こんな夜更けに男とつるんでおれたちを襲うとは、どっちみちアンタが道に外れた色ボケ尼であることにゃちがいあるめぇやい! 一昨日来やがれってんだ破戒僧!」


「……えい」


 カチンときたのかアシュレイはスカートの裾を自分で持ち上げると赤毛の男の腰をギュッと踏んづけた。


 これにはたまらず赤毛の男は絶叫を上げた。悔しさよりも痛みが勝ったのか、顔面を歪めながら声にならない声が暗夜の森に響き渡った。


「おい、アシュレイちゃん。そのへんで」

「クランド、彼がきっとアジトまでの道を教えてくれるでしょう。私が懇切丁寧に話し合ってみますので、離れた場所で暫時お待ちください」

「はい」


 アシュレイの目が怖かったので蔵人は黙った。






 尋問はわずかな時間で終了した。アシュレイがしゃがみ込んで肩を軽くポンと叩いただけで、恐怖のあまり赤毛の男は自分たちのアジトの場所を吐いたのだ。


「おっかねーオンナ」

「なにかおっしゃいましたか」

「いいえ、なにも」


 蔵人が望んで島に渡ったのは、凶悪犯であるバローズ兄弟を捕らえるためであった。ツキがあったことも幸いしたが、蔵人は混沌の魔女の配下であった魔人シドを討ってほどなくして、バローズ兄弟が悪行を働く僻地の場所を探り当てていた。


 テンプレ騎士団とは途中で別れた。彼らは、本質的にアシュレイを旗頭にする前に各地の反帝国諸侯をまとめ上げる仕事が残っていたからだ。


 蔵人にはアシュレイに四季迷宮を攻略させて魔女たちの強力な加護を得ることと、大陸で受けた冒険者としての依頼を完遂するふたつの仕事をこなさなければならなかった。






「こんなド僻地に来てまで盗賊稼業を続けるとは。全身全霊で労働に逆らってるな」


 蔵人は目の前にそびえるまだ暗さに包まれる山を見上げながら言った。


 バローズ兄弟のアジトは森をしばらく行った先にある小高い山に据えられていた。


「そろそろ夜明けですね」


 手元の懐中時計に視線を落としていたアシュレイが座っていた石から腰を上げた。


 世界が水色に染まりつつある。朝が近い証拠だ。野盗が健康的な農民のように陽が落ちるころに就寝して日の出と共に起床するような生活サイクルを律儀に保っているとは思えない。


「夜討ち朝駆けは武士の定法よ。悪く思うな」


 蔵人は踏み痕で固められている急斜面をこともなげに上り切ると、急造で拵えたであろう山小屋に近い野盗のアジトに物も言わず乗り込んだ。


 一応は見張り役なのであろう――。


 入り口の前で座り込んで寝入っている男を無視して室内に踏み込む。


 部屋の中にムッと立ち込めている獣に近い体臭と酒精の臭気が入り混じった猥雑な淀みが蔵人の鼻を横殴りにした。


「だ、誰だテメェらは!」


 蔵人の気配に気づいた男が叫ぶと、酔い潰れていた野盗たちが一斉に騒ぎ出した。


 視線を這わす。

 総勢十二名。

 平時ならば結構な数である。


 だが、したたかに酔っており、しかも寝起きで身体が半覚醒状態とあっては昼間に充分睡眠を取って万全の体制である蔵人の敵ではなかった。


「コンコン。モーニングコールにやってきました」


 そのとき蔵人の手には長剣が握られていた。まず、最初に動いたのは背後に控えていたアシュレイであった。アシュレイは中央のテーブルを蹴飛ばすと向かってこようとする男たちの突進を制した。テーブルに乗っていた酒器や肴が派手な音を立てて床に転がる。


 同時に蔵人の左脇に居た男が悲鳴を上げて倒れた。

 蔵人は手にした鉄拵えの鞘で男の顔面の中央を突いたのだ。


 怒声を張り上げながらふたりの男がナイフをかざして斬りかかってくる。蔵人はその場で素早く回転しながら長剣を男たちに叩きつけた。


 喉笛と顔面を斬り割られた男たちが絶叫を上げながら吹っ飛んだ。噴出した血液が雨のように床に転がる男たちの顔に降りかかって濡らした。


「深酒はほどほどに、ってな」


 蔵人は向かってきた男の顔面を真正面から叩き割ると、胸元を蹴って後方に押しやった。


 その間にアシュレイは狭い室内を最小限の動きで飛び回り四人の男を叩き伏せていた。


 巨大な戦斧を頭上に振りかざして男が突進してきた。だが、勢いは男の振り上げた戦斧が天井の梁に喰い込んでだことにより止まった。


 蔵人は長剣を斜め上から勢いよく振り下ろした。

 刃は男の顔面を額から顎にかけて切り裂くと赤い線を生じさせた。


 男が両手を顔で覆ったまま仰向けにひっくり返ると同時に蔵人は横合いから迫ってきた男の胴に長剣を埋没させた。長剣の柄を握り込んで刃を素早く引き抜く。男は剣を握りしめたまま見当違いの方向に突っ走り板塀にぶつかって動かなくなった。


 残っていたふたりの男はあきらかに気圧されたように剣を構えたまま動かなくなった。


「雑魚はどうでもいいんだ。バローズ兄弟はここにいるんだろ。とっとと出てきやがれ」


 蔵人の声にたまらなくなったのか、ひとりの男が奥の部屋に飛び込んでいった。


 同時に強烈な獣臭を纏った大男がヌッと姿を現した。




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