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LV60「人攫い」

 街道に人気はなかった。


 日はとっぷりと暮れており、そうでなくても冬が近いこの時期は村から離れた森に近い廃れた街道を人はさけがちになる。


 晩秋である。

 冷たい風が音を立てて乾いた木々の梢を揺らし、ただでさえ不気味な鬱蒼とした森の雰囲気をさらに恐ろしげなものへと変えていた。


 木々は枯れ落ちているがひたすら深い。人の手が入っていないのだ。森は人間が手を入れて適宜に刈り取り、枝葉を整えねばたちまち原始そのものといった無秩序な状態に陥る。厚い草葉は真昼でも光を通さない暗く陰鬱としたものに変えてしまう。


 古来より、森は恐怖の対象であった。


 日々の薪を取るため、入会地に踏み入る付近の村人も日が落ちれば森をさけるのは当然だった。


 なぜならば、森には狂暴な野生動物や言語の通じぬ亜人、さらには凶悪なモンスターや各地で法を犯した逃亡犯などが潜んでいるからだ。


 ――なにがいるかわからない原始的な恐怖がある。


 そのため、暗くなってからわざわざリスクを冒してまで近づく者はまずいなかった。


 だが、そのような街道を我が物顔でゆく者たちがいた。


 手にした灯火に浮かぶ顔つきは、みなふてぶてしく、人間よりも獣のそれに近い。


 彼らが手綱を引いている馬には、まだうら若き娘が精気を失った表情で乗っていた。娘たちの口には声が出せぬように頑丈な枷が嵌められている。


 娘たちの顔には泣きつくしたあとの涙の痕がくっきりと残っていた。彼女たちの顔貌は一様に整っていた。


 さもありなん。

 選んで連れて来られたのだ。


 彼女たちの着ている服装は地味であり、周辺の村娘の一般的なものだ。形ばかりの気遣いか寒風を防ぐために獣の皮で作った上着がかぶせられているのが不釣り合いだった。


 七名ほどの男たちは、やたらに大声ではしゃぎながら未舗装で決して楽ではない難路をゆくにしては軽かった。


 常人がさける暗い森の街道をゆく男たちは近辺を荒らし回っている盗賊たちであった。酒が入っているのだろう。赤ら顔に浮かぶ目元はギラギラと光っており、捕らえた三人の村娘の品評を下卑た口調で行っていた。


 明るいところで目にすれば、さぞ目を引くであろう美形の娘たちの行く末は凄惨の一語に尽きる。アジトに引き立てられたあと、男たちの玩弄物にされた挙句、奴隷として売り飛ばされる以外にない。


 不幸である。

 だが、この不幸は、この時代、この世界で警察力が及ばない辺境においては、現代の交通事故程度に不幸であるがありふれたものであった。誘拐は毎日のように起こるし、その凄惨さに人々は目を背けるが積極的に改善しようとなどはしない。


 実際、その不幸の元凶がなんであるかは周知の事実であるが、わかっていて誰も根本的にどうにかしようとはまったく思わないのだ。


 余裕がない。

 生活に余裕がなければ倫理は後回しにされる。他者を気遣うのは強者だけが持つ独特の余裕で、弱いものは生きるだけで精一杯なのだ。


 人さらいは現代に置き換えれば交通事故のようなものだ。悲惨であるが、無くすことはできず、根源は必要悪として許容される。天災のようなものだった。


 悪党の暴力は、世の人々にとっては所詮他人ごとなのだ。自らの身に降りかからなかれば、どうということもない日常のひとコマに過ぎない。


 無論、現場を見ればかわいそうと思うし、奴隷市に立たされていれば嫌な気持ちにあるがその程度で終わる。改善されることはなかった。


 野盗たちはひと仕事片づいたという感覚しかない。酒を呑んで、捕らえた娘を玩弄物にすることは日常的な排泄であり、そこに慈悲はなかった。


 だが、この野盗たちを襲ったのは、普通ならばあり得ない異常事態だった。


「やーっと来やがったか」


 不意に男が木の陰から飛び出してきたのだ。


「誰だ」


 これには野盗たちも驚愕した。

 本来、さけられる側の自分たちが待ち伏せを食ったからである。


 しかも、魑魅魍魎が跋扈するといわれる夜間の時間帯である。


 だが、野盗たちの驚きと対照的に、声をかけてきた相手の口調は至って平静だった。悲壮感もヒロイズムに満ちた緊張感もない。どこかのんきで日常の延長戦にあるものだった。


「通るのが遅ェんだよ。マジで風邪ひくじゃねえか」

「なんのつもりだ!」

「待ち伏せ」


 男は真っ黒な外套の前を開けると躊躇なく野盗の群れに躍りかかった。


 すでに抜き放たれていた長剣は野盗たちの持つわずかな灯火に照らされながらギラリと狂暴に輝いた。


 刃は野盗の顔面を真っ向から断ち割ると、素早く右に左に動いた。男の手に握られた長剣は小枝のような軽やかさで振られてたちまちに前方にいたふたりの野盗を斬り伏せた。


「テメェ! おれたちがバローズ一味であると知ってのことか!」


「わーってるよ。だから、わざわざこんなさみい中、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んでおめぇたちを待ってたんじゃねぇか」


 野盗たちは前方の男が手強いと見るや、きびすを返して後方にドッと逃げようとしたが、そこには修道服を着た女が立っていた。


「クランド。遊びすぎです。逃がしてしまったら元も子もありません」


 アシュレイはゆらりとした動きで構えて野盗たちを迎え撃った。


「どきやがれ!」


 相手が華奢な女であるとわかると野盗たちは勢いづいて、それぞれ得物を振りかざした。すでに仲間が三人も斬られていることもあって、手心を加える余裕もなくアシュレイに遮二無二斬りかかってゆく。


 アシュレイは動じることなくわずかに姿勢を低くすると、音も立てずに野盗たちの間をすり抜けるように駆け抜けた。


 喚きながら四人の野盗たちが残らず地に倒れた。乾いた土が八方に舞い立った。アシュレイは野盗たちの攻撃をかわしながら目にも止まらぬ素早さで拳打を放ったのだ。


 野盗たちは、それぞれ、胸、腹、腰、顔を激しく打たれて戦闘不能に陥っていた。彼らは残らず痛みに悶絶しながら冷たい地面の上で七転八倒していた。



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