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LV06「異世界勇者登場」

 拉致実行の無頼漢たちがバッと散開して男の周囲を半円状に包み込んだ。そのために無頼漢たちの持つ松明の灯りで男のシルエットが夜の闇にくっきりと浮かんだ。


 一見して闇夜のカラスを思わせるような風体だった。

 漆黒である。

 脛まで覆う異様に長い黒外套が夜風にひらひらと揺れていた。


 長旅による風雨と塵埃とそれまでの時間をたっぷり吸いこんだ黒い外套は、あちこちが裂け、それらカギ裂きはジグザグと不器用に繕ってあった。


 男の表情。真っ黒な髪が伸び切って顔の前半分を覆っているので容貌はよくわからないが、声の質からまだ若そうであった。


 背中に不釣り合いな美しい長剣を背負っている。チラリと見える鞘が闇夜にも輝くような美しい白であった。松明のわずかな灯に照り映えてそれはアシュレイの視線をなぜか強く引いた。


 よく見ると、馬車を止めた男の背後には逃げたはずのレンジャー職の少女が立っていた。

 彼女が助けを呼んできてくれた。


 間違いないだろう。そんなことはあり得ないと端から思いもしなかっただけにアシュレイの冷え切った心に暖かなものが宿った。


 思えばノワルキにすべてを奪われ、数々の人間から苦汁をなめさせられ続けていたアシュレイは心のどこかで他人を信じることができなくなっていたのだった。


 自分を攫った男たちとのゴタゴタを解決することはそれほど難儀であるとは思わなかったが、この目の前にいる男は純粋な義によってなんら見返りのない闘争を命を懸けて買って出てくれたのだ。


「女の頼みは断らないことにしているんだ」

「はぁ?」


 アシュレイを攫おうとしていた男たちの目が点になる。


「それに、その馬車に囚われているシスターは修道服がパッツンパッツンのわがままボディを持つ美女であるとすでにリサーチ済みさ」


「なんだぁテメェは。アタマがイカれてやがんのか」

「この美女との出会いは運命だと俺の直感がそう言っている」

「キ印が」


(言っている意味がわからない)


 アシュレイと同様の思いに至ったのか、暴漢たちは一様に突如として現れた謎の異邦人に激しい困惑をみせた。


「わかってねーなぁ。この辺はやっぱ僻地だけあってどの店にもロクな女が……あ、いや失言だった。ゲフッ、ゲフン。とにかくだ。こんな夜中に美女を強引に拉致してあんなことやこんなことをしようだなんて、おまいらみたいな木っ端どもが百年早いンだよ!」


「い、いや、本気で意味がわからないんだが……」


 ダンビラを手にしていた男が困惑する。


「うるせーな。能書きはいいからかかってこいや。正義のミカタの俺サマがだな。さっさとカッコイイとこ見せて当然の如くべたぼれされてだな。そこなる美女とイチャイチャぬぽぬぽできるとこにシケ込みてーんだよ! わかれよ、もう!」


「コイツ、言葉の端々に妄想が入り混じってやがる」

「てか、ぜんぶ妄想じゃね?」

「な、なんなんだよ。おまえは一体なんなんだ」

「通りすがりの異世界勇者だコノヤロー!」


 かくして、突如として現れた謎の男と悪漢たちの戦闘が始まった。


 アシュレイはしばし呆然として男たちの間に起きた闘争をただ眺めるのみであった。






 勇者と名乗った男の強さは凄まじかった。

 アシュレイが呆然としている間に、半包囲の状態から打ちかかってくる男たちをこともなげに次々と斬り伏せてゆく。


 わずかな灯火に白くきらめく刃は自然な動きで右に左に動き、男たちはほとんど声を上げる暇もなく地に倒れて行った。


「ふん、口ほどにもない」


 勇者は刃を倒れた男の衣服でぐいぐいと拭っている。

 付着した血糊を落としているのだろう。


 格闘術を修道院で学んだアシュレイは貴族令嬢という枠組みから飛び出て実力主義の世界に身を浸し、自分が間違いなく他者よりも戦うという一点に関しては優れているという自信があった。


 だが、目の前に現れた男を見て、その自信はグラつき始めたのだ。

 間違いなく自称であろうが、男は勇者と名乗るだけあって、立ち振る舞いや武器の扱いは熟練したものだった。


 あれだけの人数に囲まれていれば、まずもって普通の人間ならばいくら実力があっても態度に怯えや緊張が見えるのだ。


 しかし、目の前にいる勇者の落ち着き払ってからかいさえ口にする態度は、こういった荒事が日常茶飯事であるという表れだった。


 男たちが最初に包囲したときにも、特に目配りや警戒をしているようには見えなかった。


 背中や左右に敵が迫っていても、まったく動ぜず対処する戦闘には目を見張るものがあった。


 ――もしかしたら、この男こそ自分が探し求めていた人物かもしれない。


 アシュレイは復讐のための計画に腕の立つ仲間を探していた。

 だが、今日までアシュレイの要求するレベルに達する男はついぞいなかった。


「フフフのフ。マドモアゼル、お怪我はござらんか」


 勇者と名乗る男は馬車の近くまで来るとそっと降りやすいように右手を差し伸べている。


 アシュレイが観察したところ、勇者は右手に剣を持って戦っていた。この場合は礼儀にかなうと同時に利き手を初対面の相手に預けるという害意のないしるしである。


「ええ。あぶないところを助かりまし――た?」


 不意にグイと引き寄せられてバランスを崩した。


「きゃ」

「おおっとお」


 自分らしくなく悲鳴を上げた。同時にアシュレイは男の胸にすっぽりと受け止められ、強い戸惑いを覚えた。


「……」

「うむ、予想通りマーベラスなものお持ちですな」


 尻を触られている。

 バランスを崩してとかではなく、意図的に触っているのだ。


 くいと顔を上げて視線が合った。

 男は指の動きを止めない。


 ――有罪。


 アシュレイはとりあえず自称勇者の金的へと情け容赦ない膝蹴りを放った。




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