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LV59「語るに短き物語」

「これにてお役御免、か」


 魔導士のタルフォードはそう呟くとウキウキした心地で帝都から故郷近くまで出ている駅馬車に軽やかな動きで飛び乗った。


 タルフォードは痩身矮躯である。


 誰がどう見ても風采の上がらない彼が魔王を討伐する勇者を助けた栄えある四騎士のひとりであるといっても、普通は信じられないだろう。身に纏っているくすんだ黒いローブも年季の入ったイチイの杖もいまや世に知られる英雄にはそぐわないものだ。


 童顔で十代にしか見えないタルフォードは今年で二十二を迎えていた。


 ――これでようやくバーバラとの約束を果たせる。


 思えば幼馴染みで将来を誓い合った彼女の存在があったからこそ、内気で、ともすれば人前でロクに口も利けなかった彼が伝説に残る功績を成しえた。


 タルフォードの成功の影にはふたつ年上であった勝気で朗らかなバーバラの存在があった。


 ――魔王を倒して一人前になった暁には胸を張って迎えにゆく。


 討伐自体は半年前にも終わっていたのであったが、タルフォードは書き物が苦手である仲間たちに代わって帝都で事務処理に忙殺されており、本格的な帰郷がみなより遅れたのだ。


 生きて帰って故郷に戻った際のバーバラの喜びようときたらタルフォードがまごつくほどの熱烈なものであった。


 だが、英雄はいつの世にも妬まれるものである。成功者であるタルフォードは身辺を魔王軍の残党以外にも、彼の成功を快く思わない人間に脅かされることがしばしだった。その辺りは帝国もキチンと考えてくれており、タルフォードがすべての後処理を終えるまで、故郷の村とバーバラの警護役に騎士の一団を派遣してくれていた。


「クック。おまえも故郷に戻れてうれしいか。ははっ」


 タルフォードは肩に乗っている相棒の小鳥であるクックに呼びかけて、いつになく朗らかな笑みを浮かべた。


 使い魔であるクックは純白の翼をパタパタと動かして楽しそうにタルフォードの頬へと自分の頭をすり寄せていた。


 この小さき相棒は戦場にあって常にタルフォードと行動し、両者は種を超えた信頼で強く結ばれていた。


「なんだよ。大丈夫だよ。安心しな。たとえバーバラといっしょになっても僕はおまえを粗略に扱ったりしないよ」


 クックがぴちちと甲高く鳴いた。


「ああ、そうだよ。僕たちはずっと親友だ」


 万が一の憂いもない。タルフォードは馬車が最寄りの駅に着くと、飛ぶように駆けながら坂を上り、恋人の待つ家へと急いだ。


 扉を勢いよく開けるが、中は無人であった。タルフォードは汗まみれの額を袖口でグイと拭うと、おそらくはバーバラがいるはずであろう裏の納屋に突っ走り、そして、止まった。


 そこにいたのはタルフォードを一日千秋の思いで待っているはずであったバーバラが、レナードという護衛騎士と熱烈に抱き合ったまま貪るようなキスをかわしていた。


 ふたりはタルフォードの存在など気づかぬように蛇のように絡み合いながら、強度の熱を持って愛をかわしていた。


 ――こういう場合はどう振舞えばいいのだろうか。


 レナードに対して怒りを露にするべきか、それとも見なかった振りをして回れ右をして、この場をおとなしく立ち去ればよいのだろうか。


 世界から音が消えた。

 ガクガクと膝が鳴っている。耐え切れずにその場に両膝を突いた。


 このような状況だというのに、タルフォードは勇者たちと魔王の城を攻め立てた夜のことを想いだしていた。


 河畔の向こう岸に高くそびえる城壁の上に重たげな武装をした魔族の兵士たちが並んでいた。  


 タルフォードは敵がこちらに気づかないうちに得意の無詠唱で魔力を練って、敵が届かない位置から撃った。


 膨大な魔力で練られた塊は鋭い音で大気を割って魔族の兵士を打ち抜いた。兵士は断末魔を上げながら高い城壁を落下して地上の染みになった。


 転落と同時に兵士の武器や鎧が地の転がって乱雑な音を立てた。


 同時に、気づいた兵士たちがズラリと城壁に並んだ。だが、タルフォードにとっては彼らは狙いやすい的でしかなかった。


 タルフォードはなんら感情を持たずに彼らを射殺した。三人、五人、八人、十人。数えるのが面倒になったがタルフォードは撃ち続けた。


 朝焼けに照らされながらくっきりとした輪郭を浮かび上がらせる魔王の城に集う兵士たちは、砂糖にたかる蟻のように思えてならなかった。タルフォードは黒い塊となった山を無感情に撃ち続けた。旅の初めから、ずっと、そのようにやってきたのだ。


 バーバラとレナードがタルフォードの存在に気づいたのかようやくこちら側を向いた。だが、ふたりは抱き合ったまま驚愕の表情でタルフォードを見つめるだけであった。離れようとしない。ショックで硬直しているのか、それとも故意にそうやっているのか。どちらにしても――。


 ふざけた話だ。

 知らず、右手に尋常ならざる魔力が込められた。


 大気が震え、地が崩壊するほどの熱量で、目の前が真っ白に染まった。


 すべての感情が希薄になる。

 最後に残ったものは、ただひとつだけ。


 許せない。

 それだけだ。


 戦いは終わった。

 平穏な世界になったとしても――。

 きっと変わらない。

 邪魔な物は排除する。


 込めに込めた魔力を解き放つ。

 そうするべきだと、頭の中で誰かが囁いた。

 タルフォードはいつもそうしてきたのだから。



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