LV54「外道の宴」
「場が盛り上がってきたところで、そろそろショウを始めるとしましょうか」
混沌の魔女がパチリと指を鳴らすと奴隷の男が自由を奪われ特殊な拘束を受けたままのアシュレイの背後にゆっくりと忍び寄っていった。
はしたなくもアシュレイの臀部は後方に突き出す格好となっており、彼女を凌辱するにはおあつらえ向きといった格好だった。
贖いの塔に籠る兵士たちは、この突然降って湧いた見世物に狂喜乱舞し、広場の空気は飢えた獣たちの怒号と叫びで塗り潰され、異様な熱気がうず巻いていた。
娯楽がなく、また強制的に禁欲を強いられる軍生活の中で、上級貴族の美しい娘が下卑た最下層の奴隷によって物のように扱われるという見世物は、彼らを狂奔させるのに充分だった。
アシュレイは自分の尻の上に男の太い指が触れた瞬間、本能として短い悲鳴を上げた。
「く――あなたには人の心がないのですか。地獄に堕ちるがいい」
「そのような道徳論は無意味です。私からすれば引かれ者の小唄にしか聞こえませんわ」
混沌の魔女はダークエルフの従者であるサンディーを従えたまま、下卑た笑いを浮かべたまま異様な炎で瞳をぎらつかせ、長い舌で自分の上唇を淫靡に舐め上げた。
処刑台は贖いの塔のすぐ前に設置されており、眼下には巨大な大鍋に熱せられた油が気泡を生じさせながら、ぶくぶくと煮えたぎっている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいナタリヤさま。いきなりボビーのやつにくれちまうってのは芸がなさすぎやしませんか?」
アシュレイを凌辱しようとしていた奴隷の男であるボビーがズボンの前を開こうとしたとき、拷問係のジェイクがやっとこを持って壇上の階段から現れた。
「あんなんじゃあ楽しみ足りねぇやあ。後生ですぜ。いま一度、オイラに機会をくだせぇ」
「ふぅん、それも一興ね。ジェイク、その前に」
混沌の魔女が壇上の隅で折り重なっているテンプレ騎士団の騎士たちに一瞥を投げかけると、ジェイクは舌を放り出しながら「ひひひ」と薄く笑った。それからジェイクはのそのそと拘束されているアシュレイに近づくと手にしたやっとこを開閉させながら囁いた。
「こ、こここれから不遜にも贖いの塔に攻め寄せてきた叛徒たちを、このオイラが見せしめにあの大鍋に突き落としてやるうぅ。ど、どんな臭いかな? ひ、人が生きたまま煮られる臭いってのはよ?」
「悪魔め!」
「せいぜいほざくんだな。ここではオイラが神だ」
ジェイクは左手に持ったナイフで器用にアシュレイの胸元を切り裂いた。修道服が音を立てて刻まれ、豊かな胸元が大きく揺れた。
アシュレイの左乳房の上部に刻まれた聖痕が肌の白さと相まって異様な淫靡さを醸し出した。
「わ、わかったか。さあ、お次はオイラたちに逆らった阿呆な騎士どもを煮揚げてやる。お嬢さまには騎士どもの肉をたっぷりくれてやるから楽しみにするがいいや」
ジェイクが片手を上げると、階下に控えていたふたりの処刑人が素早く現れて倒れている騎士のひとりを担ぎ上げた。ジェイクの手下であろうそのふたりは頭に布袋のような覆面をすっぽりかぶっているので表情は窺えない。手には処刑用の手斧の磨かれた刃が濡れたように光っていた。小柄なほうの処刑人は騎士に寄り添ってなにごとかを囁いている。
「おまえたち、なにをトロトロしてやがんだァ」
苛ついた表情でジェイクが舌打ちをした。
だが、処刑人たちはいつまで経ってもその場を動こうとしない。
「おい、なにをやっている!? とっととそのカスどもを引き摺ってこぉい!」
焦れたジェイクが叫ぶ。
大柄な処刑人が慌てて騎士のひとりを横抱きにすると小走りで駆け寄って来た。
「おせぇんだよ! とっととそいつを下に――」
処刑人が瀕死の騎士を床に置くと、ちょいちょいと手招きをした。
ぼそぼそと小声で呟いている。
よく聞こえない。
ジェイクが片眉を上げながらヒョイと首を伸ばした。
待ってましたとばかりに、処刑人の手斧が亀のようにグイと伸ばしたジェイクの無防備な首をすさまじい速さですぱりと切断した。
「な――」
声を上げたのはその場にいる誰であったのだろうか。ジェイクの首は虚空をくるくる回転すると、十メートル下にあった大釜の油に落ちて、ぼひゅんと音を立て煙を上げた。
首を無くしたジェイクは最期の痙攣を派手に起こすと持っていたナイフを取り落として派手な音を立てて壇上に転がった。
「おおっ。我ながらナイスショットだ。がはは」
処刑人は快活に笑うと素早く振り返って手斧を無防備な混沌の魔女へと投げつけた。
鋭く大気を引き裂きながら手斧は回転をしつつ混沌の魔女の右肩を抉った。
混沌の魔女は無言のまま自分の肩から生えた手斧に指を這わせた。
ドッと滝のような鮮血が混沌の魔女の肩から流れ出る。
曲々しい怒りの炎が魔女の瞳に宿り、青白く燃えさかった。
処刑人はかぶっていたボロ布のローブを投げ放ちながら高笑いを響かせた。
「三文芝居は終わりだ。シェイクスピア」
男はカラスのような黒い外套を身に纏っていた。
古武士を思わせる逞しい相貌の男が野太い笑みを浮かべたまま、混沌の魔女が放つ殺気を真正面から堂々と受けていた。
「クランド! 生きていたのですね!」
アシュレイが感極まって叫んだ。
「あたぼうよ」
男の名は志門蔵人。
ふてぶてしい眼は混沌の魔女を真っ直ぐ捉え余裕を湛えていた。




