LV53「ゾンビとこんにちわ」
「思ったより時間食っちまったな」
長い隧道を抜けるとそこは墓地だった。蔵人は三ツ首竜を斃した後、クレイグたちが通ったルートとは違う抜け穴を通って贖いの塔に到達していた。
「クソ、一張羅が泥だらけじゃねーか。クリーニング代、絶対請求してやる」
なにしろ、ここに来る途中で妙なルートを取ったせいで、モグラが掘ったような穴を腹這いになって進んできたのだ。蔵人の姿は見るも無残に土で汚れていた。
「ぬっ、このっ、重い。ここでドン詰まりなんて嫌だぞ」
おそらくは出口であろう石の蓋を開けようと全力を込める。しばらくして、蓋をスライドさせると、外の空気が入り込んできたことで蔵人はホッとひと息ついた。
軋んだ音を立てて石の蓋がわずかに動く。
「ちょっと用心」
蔵人は隙間からキョロキョロと視線を動かした。月明かりによって、どうにか現在位置が贖いの塔の中の墓地にいることがわかった。
プレート型の一基が出入り口になっているらしい。コケの付き具合からして、ずいぶんと長い年月動かしていない様子であった。
「とっとと出よ」
蔵人がそう思って這い出そうとすると、遠方から多数の怒声と叫び声が入り混じって急速に近づいてきた。
「おっとと、剣呑剣呑」
ここまで隠密行動は成功している。この状況で侵入が露見するのはさけたいところである。蔵人はプレートの下に息を潜めてジッと状況を見守った。どうやら、敵方の兵士が誰かを追っているようであった。
地を叩くようなドタ靴の足音と気配から追っ手の数は十を超えていない。耳をぴくぴくさせていると、あきらかに甲高い女性の悲鳴が混じっている。
――むむむ。これはヒーローになれる予感。
蔵人の脳裏に荒ぶる兵士たちから助けた美女からイチャイチャムフフなご褒美をいただくシーンが確かな輪郭を帯びて像を結んだ。
争う音がさらに近づいた。蔵人は興奮と期待で下腹が熱くなった。激しい悲鳴を上げて抵抗する声の美女が押し倒されてもみくちゃにされるのが、感覚的に察せられた。
すわ、美女のピンチなり。
ここぞとばかり、蔵人は石のプレートを跳ね上げて、ことさら恐ろしい声で唸ってみせた。モチーフは夜の墓場から蘇ったおどろおどろしい死者だ。
――ふふふ、どーよ、このジョージ・A・ロメロも真っ青な演技力はよ?
だが、蔵人の演技力に対して兵士たちは手にした松明を掲げたまま一様に真顔だった。
「ゾンビだって言ってんだよ、驚けよ……! この馬鹿野郎が!」
百二十パーセント言いがかりである。しかも質が悪すぎた。蔵人は長剣を鞘から引き抜くと、瞬間、無抵抗であった兵士たちを滅多矢鱈に斬り伏せて行った。
右に左に蔵人が動くと剣を手にしたまま兵士たちはくるりと回転しながら倒れた。
目にも止まらぬ早業とはこのことである。
突然のことで兵士たちはなんの防御策も取ることができなかった。演技が通じなかった恥ずかしさもあり、すべてをなかったことにしたかった蔵人の狂気が剣に乗り移った瞬間だった。
その場にいた八人の兵士は蔵人の強烈な斬撃に沈んだ。
「さぁーて、お怪我はございませんかマドモアゼル。無礼者たちは拙者の剣の錆にしてくれましたぞ。さあ、向こうの横になれる芝生でまずはリラックスして……?」
見れば、兵士たちに押し倒されていたのはテンプレ騎士団の装束を纏った小柄な少年だった。
「え、ええと、確かクレイグたちと一緒に居た――」
「クランド卿!」
「どわっ、ちょ、ちょっと待った。いまはアカン! おかしな道に目覚めちゃうからあ!」
抱きついてきたルーファスは涙を流しながら目蓋を固く閉じて、叫んでいた。少女のように赤くぷっくりした唇は至近距離で見るとやけに艶めかしく、蔵人はたまらずタップする。
「そういえばみんなはどうした」
「それが――」
ルーファスの説明を聞いて、蔵人は仲間が危機に陥っていることを知り、顔を奇妙に歪めた。




