LV51「シドの実力」
「ルーファス。おまえだけでもなんとか逃げろ」
スペンサーは矛を構えながら絶望的な表情で言った。
ルーファスは奇襲隊の中でも最年少の十三歳である。
彼は剣技がそれほど得意ではないが、治癒魔法に優れており、主にサポート役として配備されたが、これまでほとんど真価を発揮できていなかった。
つたない可能性であるが、三ツ首竜と戦っているあの男が生きていれば、少なからず大きな怪我を負っているだろう。そのときこそルーファスの力が十全に発揮されるはずだ。
シドのような強敵と無数の兵士たちに囲まれたいまよりかは、そのほうがずっといい。
「早く逃げろ!」
「い、嫌です。僕だって騎士なんだ。最後までみんなと一緒に戦うよ」
声変わりをしていないルーファスの女のような甲高い声。
スペンサーは激しく舌打ちをした。
「俺とジャレッドとで時間を稼ぐ。ヒーラーは俺たちと違って貴重なんだ。なんとしても逃げ帰って、生きてみんなを助けるんだ」
「スペンサー」
ウォーハンマーを構えていたジャレッドが振り返って口角を上げた。スペンサーとジャレッドがシドに向かって打ちかかった瞬間、ルーファスは滲んだ涙を袖口でこすりながら敵の包囲網のもっとも薄い場所に向かって駆け出した。
「おおおっ」
ジャレッドが巨体で地を揺らしながらウォーハンマーを頭上に掲げシドに向かって猛進した。
壁のようなジャレッドは、二メートル、百五十キロを超える巨躯だ。だけではなく、その速さは中々のものでヒグマが獲物を襲うような威圧感があった。
ほぼ同時にスペンサーも矛を抱えてジャレッドをサポートするように駆けた。
スペンサーの得意武器である矛は至ってシンプルな構造をして特別な装飾はない。しかし、達人であるスペンサーが使えば矛は十全に真価を発揮し、どのような難敵も打ち破ってきた。
シドはジャレッドに向かって無造作に歩き出している。徒手格闘の遣い手であるシドは得物を持たずとも全身が凶器なのだ。
ジャレッドは、ほぼ同じような体格のシドに向かって上段からウォーハンマーを打ち下ろした。颶風のような勢いで槌がシドの頭上を襲う。
ここで合わせる。
タイミングを計っていたスペンサーは身を低くすると矛に全力を込めて薙ぎ払った。
頭上からの打撃と横からの斬撃――。
だが、シドはジャレッドの打ち下ろしを頭上に両腕を交差させて防ぎ、同時にスペンサーの斬撃は右のハイキックで弾き返した。
「なっ」
スペンサーは驚きの声を上げながら破壊された刃と共に続けざま放たれた回し蹴りで後方に吹き飛ばされていた。
無様に地面に転がりながらスペンサーは掌底で胸を打たれて仰向けに倒れるジャレッドを呆然と眺めていた。
――これが蘇った英雄の力なのか。
視界が真っ赤に歪む。反射的に後方へと自ら飛んでダメージを軽減させたはずであるが、回し蹴りを受けた右腕は完全に破壊されており感覚がない。
ゴロゴロと転がりながら精神を振り絞って体勢をうつぶせにして、倒れているジャレッドを確認した。大の字になったジャレッドの純白のマントが流れ出た血で紅に染まっている。
ジャレッドは子供のように手のひらで突き飛ばされただけで重傷を負っているのだ。シドはその場に直立したまま全員を見下ろしている。
――ここまでなのか。
力尽きたスペンサーたちに雄叫びを上げて兵士たちが走り寄ってくる。弱兵であるが故の怒りの発散は負けが決定したときにわかりきっていた。
朦朧とした意識の中で、濃い敗北感だけがくっきりと浮かび上がってくる。スペンサーは敵の刃が自分の身体を貫く前に意識を手放した。




