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LV50「忍び寄る絶望」

 かび臭い地獄の底のような、どこまでも続くと思われる路にも果てはあった。テンプレ騎士団のクレイグは吹き込んでくる風の新鮮な匂いを嗅ぎ当てたことに、知らず、身体を震わせていた。


 崩壊しかけた階段を攀じるように登ると、重たげな石の蓋が目の前に立ちはだかった。クレイグは吠えながら、一気にそれを押し上げ、開いた。


 そこは贖いの塔が立っているすぐ横の共同墓地に続いていた。


 クレイグが外に出ると、仲間たちが次々に穴から這い出して、生き返ったように水気のある夜気を胸一杯に吸い込んでいた。


 ついに地下墓地を踏破して目的地である贖いの塔がある城まで到達したのだ。ここまでこれたのは、当初の予定よりも半減した数の十二名である。


 ――クランド卿、貴方の犠牲は決して無駄にしない。


 大空洞で遭遇した三ツ首竜の強さは破格であった。本来ならば、騎士団の総力をあげて討伐せねばならない怪物をあの男はただひとりで足止めするという決断を下したのだ。三ツ首竜の力を見せつけられてすぐにできる判断ではない。


 実際に、クレイグ自身も怪物の強さには二の足を踏んでしまった。だが、あの男の勇気はどうだ。この一点だけで、クレイグも、そして続く仲間も彼を同胞と呼び、その魂を抱き共に天の国へとゆくことになんら躊躇はなかった。


「さあ、ゆこう。我が兄弟たちよ」


 巨大な戦槌を肩に担いでいたジャレッドが闘志に燃えた瞳で前に出た。クレイグたちが秘密の抜け道を潜って城の内部に侵入してきたことはすぐに露見した。


「馬鹿な。どこから湧いて出た」

「一気に押し込んで討ち取ってしまえ」

「敵の数はたかが知れているぞ」


 こちらを少数と侮っていた城兵たちがドッと押し寄せてきた。だが、クレイグは落ち着き払った様子で長剣を構えると冷たい笑みを浮かべた。


 贖いの塔はぐるりと周囲を城壁で囲まれた城の中に建っている。当然ながら込められた無数の兵たちを思えば、わずか十二名の奇襲部隊の運命は儚いものであるが、彼らはすでに死兵である。


 ジャレッドが獣のように激しく咆哮しながらウォーハンマーを小枝のように扱い、右に左に振ると、城兵たちは一気に蹴散らさられ、瞬く間に十人以上の骸がそこかしこに散らばった。


 それに続くはテンプレ騎士団の中でも一騎当千の勇士であるクレイグ、スペンサー、ルーファスの三人である。


 彼らは竜に後れを取ったが、普通の人間相手ならば、まず手傷ひとつ負うことが難しいほどの際立った武力の持ち主だった。


 クレイグたちは、あたるを幸いに城兵を手当たり次第に薙ぎ倒し、敵の骸で屍山血河を築くと贖いの塔の前まで到達した。


「待て」


 かがり火が焚かれている塔の前の門でクレイグは仲間たちの進撃を止めた。城兵たちは、かかっていけば死ぬことがわかっている練度の低い者たちなので、騎士たちを追うことは追うが、命を懸けてまで挑もうとはせずに、遠巻きに縮こまっている。


 対照的に、目の前に立ちはだかっていた男は違った。

 分厚い丸太のような腕を胸の前で組んだまま立っている。


 動きやすさを重視しているのだろうか。

 胸当てをつけている以外には、目立った装備はない。


 ――鍛えに鍛え抜かれている。


 勇名で帝国に知られている騎士クレイグは、目の前で立ちはだかっている男の並々ならぬ力量を即座に看破し、背筋に冷や汗を浮かび上がらせた。


 盛り上がった巌のような肩や、鉄のような筋繊維を束ねたような隆起した肉の塊そのものの腕は放たれるオーラから凶器そのものであると確信できた。


 容易には打ち込めぬ気配が充足している。

 相手が誰かは薄々感づいていた。


 混沌の魔女はかつて封じられた裏切りの四騎士をこの世に蘇らせて使役していると聞く。


 魔人シド。

 無手にて泰然と立ちはだかる武人は、伝説によると勇者を助けて魔王を討ったといわれる格闘の達人であるはずだ。


 目の前に立つ男の威容と底の知れぬ強靭さはクレイグがどのように割り引いて見積もっても、大空洞にいた三ツ首竜を凌駕しているのは間違いなかった。


 だが、目の前の男を打倒しない限りは次には進めない。クレイグたちには贖いの塔にいる囚われの令嬢を救わねばならない重要な役目があった。


 そのためには自らの命も軽量化する必要がある。クレイグは仲間に目配せをすると、ブーツの爪先で土を蹴って駆けた。


 本能的な怯えを捻じ伏せて両手で握り込んだ長剣を頭上に構えたまま跳躍した。全身の闘気を白く輝く刃にみなぎらせて全身全霊を込めた。


 英雄相手に小細工は必要ない。クレイグは騎士団の統率者であるウィルが奇襲隊の長に選んだだけあって、打ち込みには他の追随を許さない力量があった。


 シドは組んでいた両腕をおろしたが迎撃の構えさえ取っていない。殺った。体内に流れる気の巡り、筋肉の張り、血流の熱さ。クレイグは自分の肉体におけるすべてのコンディションが最高潮であると感じ取っており、事実、脳裏に浮かぶイメージに破れることは微塵も思い浮かばなかった。シドはわずかに唇をひん曲げたように思えた。次の瞬間、シドの身体が爆ぜてクレイグに向かって飛翔した。


 シドの両腕が旋風のように、目にも止まらぬ異様なスピードで動き、クレイグを襲った。

 わけがわからない。


 気づけばクレイグの手にしていた長剣はバラバラに折られて吹き飛び、気づけば自身の身体は冷たい土の上で横になっていた。


 気づいたときには喉から血潮が滝のように噴出し、視界が真っ赤な海に埋め尽くされ、なにも考えられなくなった。


 明確な痛みはなかった。その代わりに、伸ばした指先がピクリとも動かない。シドの拳打が雨あられとクレイグの身体に浴びせられたと気づいたときは、戦闘は終了していた。


「十二発打った。名誉ある騎士よ。貴公の腕は決して悪くないが――届かない」


 シドの言葉。クレイグは遠ざかる意識の端で聞いた。

 そしてテンプレ騎士団の絶望的な戦いが始まる。






 シドの動きは素早く的確で無駄がなく圧倒的だった。

 テンプレ騎士団の生き残りたちも徹底的に抗ったが、シドの俊敏な体術にはついてゆけず、ほとんど手傷を負わせることもできず、次々に倒れていった。


 隼のように地を這う動きでシドが駆ける。

 次の瞬間、剣を構えていた騎士が三人、絶叫を上げて転がった。


 三人とも狙ったような脛を割られていた。無手であるシドは騎士たちの間を駆け抜けながら、鍛え抜いた蹴りで騎士たちの無防備な足元を攻撃したのだ。


 真っ白なマントを土で汚しながら三人の騎士は七転八倒している。脛の先が人体の構造上ありえない方向に捻じ曲がっているのだ。折れた白い骨の先端が皮膚を突き破り血を滴らせている光景は見る者に恐怖心を呼び覚ますのに充分である。


 この惨憺たる光景を目にした騎士たちは斬り込む気構えを根こそぎ奪われた。その生じた隙を衝いてシドの攻撃は苛烈さを増してゆく。


「きえい!」


 騎士のひとりが懸河の勢いで斬撃を放った。だが、次の瞬間にシドは騎士の背後に回ると頭に手を置き、無造作に回転さていともたやすく首を捩じ切った。


「こ。こひぇ」


 妙な呻き声を上げて首を捩じ切られた騎士が前のめりに倒れた。


 シドは続けて跳躍すると両足でふたりの騎士を同時に蹴りつけた。伸びきったシドのつま先。騎士たちの胴に深々とめり込んでいた。騎士たちは血反吐を吐き散らかすと、なんら対応を取ることできずその場に沈む。シドの蹴りの威力が常人の域を超えているのは、鋼鉄の鎧が大きく凹んでいることから明白である。


「どうした。おまえたちの力はこの程度なのか」


 初めてシドが挑発するような言葉を呟く。弾かれたようにふたりの騎士が斬りかかった。わかりやすすぎる誘いだ。止める間もなかった。


 シドが右に左にゆらりと動いたとき、戦いは終わっていた。ふたりの騎士は喉を手刀で潰されシャワーのように傷口から勢いよく鮮血をほとばしらせた。


 ――ありえない。


 クレイグが内心呻く。わずかな間に、ほとんどの騎士が地に転がった。かろうじてこの場に残ったのは奇襲隊の幹部であるジャレッド、スペンサー、ルーファスの三名だけだ。


 絶望が全員の頭をよぎった。



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