LV47「竜のつるぎ」
「クソ、なんてこった」
あっという間に八名もの騎士が斃された。
まさに悪夢である。
この時点で奇襲隊の戦力はほぼ半減したのは予想外であり苦しい。
蔵人が毒煙を警戒して離れていたのとは対照的に三ツ首竜の左脇から針のように研ぎ澄まされた攻撃的なオーラが立ち昇った。
「アオギリ剣法奥義――炎天ノ剣」
声に視点を転じる。そこには長剣を天高く構えたクレイグが剣先に真っ赤な炎を燃え滾らせ、大空洞の闇を真っ直ぐ貫いていた。
クレイグが剣を振る。剣先から放出された炎のオーラが再び冷気を放出しようとしていた三ツ首竜の口腔に直撃して誘爆を引き起こした。
腹の底から震えるような爆音が鳴り響いて白煙が立ち上がる。一同が次の瞬間目にしたものは、左の頭部を失って絶叫する竜がのたうち回る姿だった。
「ナイスだ! よっしゃ、あとは引き受けた。おめーらはとっとと先に進め!」
蔵人が人差し指をパチンと打ち鳴らして三ツ首竜の真正面に駆け出した。畜生の悲しさか。脊髄反射で蔵人を的に据えた三ツ首竜が顎をカッと開いて火炎をほとばしらせる。
蔵人はギリギリまで引きつけると横っ飛びで地面をひた走る炎のウェーブを回避した。
「ですが――」
「いま重要なのは頭数をそろえて先に進むことだろうが。ここは任せろ」
蔵人がクレイグの抗弁を遮って叫ぶ。わずかに迷ったようであるが、使命が勝ったクレイグは残った騎士たちを率いて三ツ首竜の脇を抜けて先に進んでいった。
当然の反応として三ツ首竜は自分を無視して駆け抜けてゆく一団に追いすがろうとするが、蔵人は全身から闘気を放出させてそれをさせなかった。
「てなわけで、オメェの相手は俺ひとりだ。サッサとカタつけさせてもらうぜ」
鋭く鳴き上げた三ツ首竜――。
蔵人目がけて、炎と毒煙を同時に吐きかけた。
真っ赤な炎と黒い煙が蔵人の命を奪うために双方向から襲ってくる。
蔵人はニッと笑うと身体を覆っていた黒外套を引き上げて右手に絡め真っ向から迎え撃った。
獄炎と毒煙は外套へとまともにぶち当たった。
「コイツは特別製なんでな。おまえさんのちゃちなブレスじゃどうこうできねーよ」
蔵人は身を低くすると、そのまま電光のような速さで炎と毒をかいくぐり、あっという間に三ツ首竜との距離を詰めた。
蔵人は中央の蛇のようにうねる竜の首筋に長剣を突き立てた。驚きと痛みで三ツ首竜は絶叫しながら、首を心持ち下げた。水平に差し込んだ長剣を足場にして蔵人は高々と飛翔すると、初めて背負っていた白鞘の長剣を引き抜いた。
それは清らかな水を溶かしこんだように美しい青色の刃を持つ剣だった。
抜き放った瞬間に三ツ首竜は剣の発する威に打たれたかのように、硬直した。
それもそのはずである。
蔵人が土壇場まで使わなかった大業物の銘は青玄――。
青竜の鱗で造り上げた世界最強の聖剣だ。
その鋭さ、切れ味、神秘は世界を捜してもふたつとない。
まさしく至宝と呼ぶにふさわしい剣であった。
同じ竜種であっても三ツ首竜如きでは格が違い過ぎた。
蔵人が長い首に乗ったまま外套の前を開いた。
鞘走った青玄がロウソクの炎がわずかな風に揺らめくように、左右に小さく動いた。
それだけ。
ただそれだけだった。
蔵人の胸元に刻まれた紋章が大空洞を真昼の如く照らしながら鋭く輝いた。これは青玄が蔵人の生命力を消費して効果を十二分に発揮した証拠であった。
水平の状態で止まった青玄の切っ先からわずかな青白い火花が散った。
あれほど荒れ狂っていた三ツ首竜がぴたりとその場で停止する。まるで最初からそこにあったかのような彫像のように凍りついていた。
蔵人が地面に着地する。
次の瞬間、三ツ首竜に残っていた中央と右の首がズズズと動きながら、ゆっくりと地面に落ちて行った。
首の切断面からは肉の焼け焦げた臭いが立ち昇った。
蔵人はすべてを見届けると地面に片膝を突いたまま長く息を吐き出した。
「クソ、手間かけさせやがって。いまさらトカゲなんて敵じゃねっての」
愚痴る蔵人であったが、額には細かい汗が無数に湧いていた。
長い距離を全力疾走したかのように肩を激しく上下させている。
ゆっくりと青玄を白鞘に戻す。
誰もいなくなった大空洞に静寂が戻った。