LV41「正義の騎士団」
――妙だな。
五人組を斬り終えた蔵人はわずかに荒くなった呼吸を整えながら額に張りつく前髪を手の甲でグイと拭った。
すでに二十二名。敵の半数を屠ったとはいえ、この濃密な闇を有する森の中では敵側も自部隊の消耗度を短時間では測りかねているはずである。
ならば当然、残りの兵が押し寄せてくるはずだが、ジッと意識を集中してもあたりに気配は感じられなかった。
直感に導かれるように森を出ると違和感の正体が目の前にあった。見慣れぬ白地に蒼い十字の描かれた旗を掲げた一団が残った帝国兵に襲いかかっていた。
パッと見たところ、帝国兵を相手に有利な戦いを進める一団の数はほぼ同数の二十名くらいだろうか。
戦闘が謎の騎士団の有利に進んでいる理由は、その騎士たちが全員騎乗しているところにあるようだった。
遠目でも謎の騎士たちが乗っている馬が丈夫な上に荒々しい八本足のスレイプニル種であることがわかった。
「たまげたな」
この異世界のスレイプニル種は馬というよりも猛獣のたぐいである。戦場で酷使されるために作られた、この種は、蔵人のいた世界で六百キロ近い体重を持つサラブレッドと比べても体重だけで優に三倍はある千五百キロを超え、体高も二メートルを超えている。おまけに動きは鈍重ではなく競走馬ほどではににしろ、普通の馬と変わらぬ速さであり、体皮が厚く、槍や矢が刺さっても、数日で治癒してしまう強い自己再背能力がある。
スレイプニル種という馬一頭で通常兵五十人分の戦力になるといわれるほどだ。その馬を二十頭以上有する騎馬団となると、もはや歩兵が千人いてもまず真正面からの突破を防ぐことはできないといわれているのだ。
「おお、勝ったのか?」
帝国兵の一団はほどなくして瓦解すると、散り散りに逃げ去っていった。蔵人が目を凝らして戦況を窺っていると、白マントに蒼十字を染め抜いた偉丈夫が、これまた目立つ肥馬に跨りこちらにやってくる。
果たして敵か味方か。
「奸悪な帝国兵と孤軍奮闘するを見、助勢させていただいた! 我こそは誉れも高きブルトンのテンプレ騎士団軍務長ウィル・バーデンなり。貴君の官位、姓名をお聞かせ願いたく存ずる!」
白地に胸の蒼十字が生える金髪の偉丈夫は大地を震わせながら叫んだ。大音声である。蔵人も大声には自信があったが、この男の音量は天性のものだろう。
――声に邪気はない。
長らくの経験で、それくらいは判断で来た。蔵人はウィル・バーデンと名乗った二十台半ばであろう男の真っ直ぐな眼から視線を逸らさずに、長剣を鞘に納める。
ゆっくりと歩み寄る。なるほど、声のとおりに見れば見るほど押し出しが利く容貌だった。
「なんちゅうか、話せば長くなるが。俺は志門蔵人。たぶんいいやつだ。いまは、高貴な婦人を悪の帝国クローン兵たちに攫われて奪還する途中ってとこだ」
「うむ! その心意気やよし! か弱き婦女子を助ける者に悪党はおらぬはず! 我らテンプレ騎士団は、腐った帝国の腐風を一新するために、ウォーカー家のご令嬢を捜しているのだ! クランド卿よ。なにか情報を知らぬか!」
ウィルはギョロリとした瞳を輝かせているが、どこを見ているかわかりにくいので蔵人は不安な気持ちがむくむくと湧き起った。
――なんか、キモチワリィな、こいつ。
ゆっくり観察すると、それは無意識のうちに行われているようであった。ウィルは四方に視線を飛ばしながら、ギョロリとした眼球をぐるぐる動かしているのだ。それはカメレオンを思わせる器用さであり、あきらかに常人離れした雰囲気を持っていた。
「とりあえず、落ち着いて話し合う必要がありそうじゃね」
「うむ、同感だ!」
「うるさっ」
とにかくウィル・バーデンと名乗る騎士は声のデカい男であった。声がうるさくともその権威は中々のものらしく、彼が命ずると速やかに騎士団の人間たちが、草地のだだっ広い場所にタープを張ってテーブルを並べ洒落た休憩所のようなものを作ってしまう。ウィルの副官らしき女性が騎士たちに細かい指示を出していた。蔵人は目敏くその女性を観察していたが、自分の好きなグラマーなタイプではなかったので、わずかに興味を薄れさせた。
「シオドーラ感謝する! これで彼と落ち着いて話ができそうだっ!」
「そうですか。それはよござんした。それといつも言っているのですが軍務長は声量を少し絞ったほうがよいと思われますよ」
「うむっ、以後気をつけるっ!」
「だから声絞れや……」
無礼な物言いであるがウィルは慣れているのか、白い歯を剥き出しにして笑い飛ばす。シオドーラという名の小柄な女騎士は愚痴りながら呆れ果てた様子で顔を歪めた。だが、仕事には忠実なのだろうかテーブルに着いた蔵人たちのそばで細々とした給仕を行い始める。
――健気じゃ。
蔵人の中でシオドーラに対するポイントが上がった。




