LV04「仮面の修道女」
「それじゃあ話が違うじゃないか!」
とある小さな田舎の街の冒険者ギルドでひとりの少女が三人の男たちの吠えていた。
冒険者ギルド――。
この世界において、各土地ごとに点在する、いわゆるなんでも屋に近い職業ギルドである。
魔獣の討伐や犯罪者の捕縛といった荒事から、土方仕事や迷い猫探しや薬草摘みといった細かなものまで賃金によって引き受ける。
そして基本的には切った張ったが日常的の危険な職能集団だ。
受付では若い女性職員が特にもめごとを気にすることなく書類仕事に没頭している。
ショートカットにヘアバンドをした少女は小柄であるが、二メートルを超える巨体の男たちに怯むことなく食ってかかっていた。
「あたしたちとあんたたちで仕事の取り分は折半て最初に決めた。そっちもそれで納得していたでしょ。それを、今さらァ……! 受け取りになって、分け前が三七なんて納得いかないよ」
少女の身に着けた装束から、彼女の職種はレンジャーであることが知れた。その背後には紫紺の修道服を纏った女性が無言を貫いたまま立っていた。
「ハッ、なにを抜かしやがるんで。こっちは三人とも前衛なんだぜ。身体を張ってモンスターどもをぶっ殺すおれたちとコソコソと迷宮を嗅ぎ回っていざとなったら逃げ隠れするレンジャー風情どもに三も取り分を回してやるだけありがてェと思いやがれ」
「なに言ってんのよこの半パゲ!」
「だ、誰がハゲだ! これは剃ってるんだよォ!」
「うっさいわ! だいたい、出てきたモンスターのほとんどは彼女が殺ったんじゃないのよ! アンタたちは残りッカスをプチプチ申し訳程度に潰しただけじゃないのさ?」
「ん、なんだとぉ?」
レンジャー職の少女は背後に立つ長身の修道女を親指で示すと、スキンヘッドの男の脛を靴の爪先で軽く蹴った。
「こ、このガキ。言うにこと欠いて、なんてことを――」
スキンヘッドの大男がレンジャー職の少女に掴みかかろうとしたした瞬間に、それまで沈黙を保っていた修道女がスッと前に出た。
「これ以上言い争うだけ時間の無駄というものです」
紫紺の修道服を身に着けた女性はそれだけ言うとうんざりした様子で足早に出口へ向かって歩き出した。
「待てやこの仮面女が。なんのつもりだ?」
スキンヘッドが言うように修道服の女性は顔半分を隠す仮面を装着していたが、その隙間から覗くアイスブルーの瞳からは苛立ちが露になっていた。
「こっちで決着をつけましょう。お手間は取らせません」
修道女はそう言うと右腕をなめらかな動きでスッと持ち上げ左手でそっと抑えた。
「舐めやがって……」
「冗談じゃねぇぜ」
「身の程を知らせてやろうじゃねぇか」
先を往く修道女に従うように三人の巨漢がいきり立ってギルドの外に出た。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。なにもそんなに本気で怒ることないじゃないのさ」
レンジャー職の少女は男たちがそれぞれ得意の得物を手にして殺意をみなぎらせていることを察し、止めに入るが目の前を巨大な戦斧が音を立てて飛翔し壁に食い込んだ。
わずか数センチ戦斧がズレていれば少女の顔面は酷いことになっていただろう。
レンジャー職の少女は冒険者になってまだ間もなかった。
「スッこんでろ。仮面女の次はテメェだ」
赤髪の男がギョロ目を光らせて言った。
少女はその場にペタンと座り込むと、ガクガク震えながら先ほどまでパーティーを組んでいた仲間たちをただ見送っていた。
レンジャー職の少女には甘えがあった。
乱暴な口利きをしたのも、自分が年若い娘であるということで男たちがどれほど舐めた態度を取ったとしてもまさか手は出さないだろうと思い込んでいたからだ。
「あ、あああ、誰か……」
本物の殺意に蒼白になる。だが、ギルドに屯っていた冒険者たちはこの騒動を面白がる素振りはあっても止めようとする人間はひとりもいなかった。
「おい、おれはよ。そのお高くとまった態度が端から気に入らなかったんだ。けどよう。ここでおまえが裾をまくってぷりぷりした白いケツを見せてよう。それっから犬ころの真似をしてワンと吠えるなら許してやってもいいんだぜ……?」
スキンヘッドの男が下卑た目つきで修道女を見ながらべろりと舌舐めずりをした。
「怖いのですか」
「ああん?」
「この場で三度ほどくるくる回ってわんと吠えれば命だけは許して差し上げますよ」
修道女は平然と言った。
「そういう男を舐め切った口が二度と利けなくしてやらぁな!」
スキンヘッドが正面から長剣を腰溜めにして突っ込んできた。
同時に横合いから赤髪の男が両腕を頭上に振り上げて掴みかかった。
だが、勝負は一瞬だった。
修道女がゆらりと左右に揺れたかと思うと、大通りに固い物を叩いた音が二度ほど鳴った。
スキンヘッドの男は誰かが毬でも放ったかのようにポーンと勢いよく吹っ飛ぶと地面に転がって動かなくなった。
ほぼ同時に赤髪の男はぐらりとよろけてその場に顔面から突っ伏した。
修道女がすれ違いざまに拳打を放ったのだ。
背が高いという以外は華奢な印象さえある修道女はほとんどその場から動かず、ふたりの男をいともたやすく屠ったのだ。
残ったひとりの痩せぎすな男は倒れたスキンヘッドに駆け寄って抱き起そうとしたが、その口から悲鳴が上がった。
「し、死んでやがる」
スキンヘッドの顔面は原形を留めぬくらいに潰れており、奇妙にひしゃげていた。
同様に赤髪の男も口元から血泡を吹きながら、最後の痙攣で全身を震わせていた。
赤髪の男の口から流れ出すとろとろとした血は瞬く間に池を作った。カマキリのように痩せた男は呆然としたまましゃがみ込み、コツコツと靴音を立てて近寄ってくる修道女を見上げていた。
「ひ、ひ、ひ。いのち、いのちだけは……」
無言で修道女が手を伸ばすとカマキリ男は慌てて分け前の金子が入った革袋を差し出した。
「あれが噂の鉄拳令嬢か」
「もとはどこかのお貴族さまだってよ」
「ギルドに入ってすぐ銀星級になったって、あの……」
修道女は手にした革袋から銅貨を取り出すと再びギルドの赤くくすんだ建物に入るが、そこには仲間であったレンジャー職の少女はいなかった。
僧取りにするつもりはないのか、修道女はギルドの受付にゆくと係員の男に理由を話して仲間である少女の取り分を預けた。
「どうでもいいが。ホトケの片付け賃をもらわにゃならんが」
アバタの目立つ四十男は不機嫌そうに言うと修道女から幾ばくかの銅貨を受け取った。それから満足したのか、チック症のように顔の右半分を歪めた。
「アンタ、こんなやり方していると、すぐ死ぬぜ」
「長生きするつもりはありません」
修道女はそれだけ言うと、くるりと反転して靴音を鳴らしながら、私はまだ死ねない、と強く心で思っていた。