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LV39「投降」

「ほら、シド。小うるさい蠅を始末してとっととその小娘を捕らえなさいな。私のサンディーがノロマなあなたを手助けしてあげたというのに」


 混沌の魔女はそう言うと手を伸ばして脇に控えるダークエルフの少年の頭を撫でさすった。


「お言葉ですが、私には私のやり方がある。横槍を入れられるのは不愉快だ」


「あら。飼い犬の癖に私に逆らうつもりなの? あなたなどいつでも元居た闇に戻すことができるのよ」


 混沌の魔女の言葉にシドは押し黙るが、全身から強く立ち昇る青白い怒気が納得していないことを証明していた。


「おとなしく捕まるとでも思っているのですか」


 アシュレイがいまにも噛みつきそうなほど尖った声音で叫んだ。


「ウォーカー家のご令嬢は数もまともにかぞえられないほど脳が委縮してしまったのかしら。とはいえ、これ以上時間をかけてもいられないし。……そこの役立たずのようにグダグダことを引き延ばすのは趣味じゃないの。これを見ても、まだ逆らうことができるかしら」


 混沌の魔女が優雅に人差し指を立てると、後方から兵隊たちがボロくずのようになった塊を縄で引っ張ってきた。


 いや、目を凝らしてみると、それがひとりの年老いた亜人であることがわかった。


 アシュレイの喉から引き攣ったような音が絞り出される。


「お嬢さま、不覚を取りました……」

「ロムニー!」


 大きな角を重そうに持ち上げる年老いた羊型亜人のロムニーはアシュレイに幼少期のころから仕えていたウォーカー家の執事である。


 よほど長らく厳しい俘虜生活を送っていたのだろう。全身からは腐臭を発し、身に纏うボロは浮浪者のように塵埃で汚れ切っていた。


「さっさと降伏しなさい。さもなくば、この汚らしい羊をコマ切れにします。これ以上の問答は必要ないでしょう」


 すでにやり取りに飽き始めていたのか、混沌の魔女はそれだけ言うと口元に手を当てて「あふう」とあくびを漏らした。


「それと、もうひとつ。いま、降伏するならば特別にあなたのご両親に会わせてあげますわ」


 混沌の魔女の申し出を耳にしたロムニーが最後の力を振り絞って声を上げようとしたが、途端に兵隊に蹴り飛ばされる。


 それがダメ押しになったのか、アシュレイが決意に満ちた表情で応じた。


「わかりました。けれど、ひとつだけ約束してください」


 ささくれだった声でアシュレイが答える。蔵人は傷口から発せられる熱で額に汗を浮かべながら、そんなアシュレイの決断の速さに舌を巻いていた。


「貴方たちといっしょにゆきます。ただ、ここにいるクランドの手当てをお願いします。約束してください。彼は私たち帝国貴族の争いにはまったく関係のない人間です」


「ふぅん。ま、それくらいはねえ。たやすいことですわ。バークシャ、ランドレス。あとの始末を。そこにいる元英雄さまはあまり頼りになりませんから」


 混沌の魔女がそう言うと「待ってました」とばかりに巨体の騎士が姿を現し、蔵人たちに向かって駆け降りてきた。


 両者とも樽のような肥えた体躯に豚の頭を乗せている。


 背丈は二メートルを超えていた。

 オークと呼ばれる屈強な亜人の戦士だ。


 異形の戦士たちの姿が近づくと同時にアシュレイが歩き出す。蔵人は座ったまま無防備に敵へと下ろうとする女の背をジッと凝視した。


「クランド。短い間ですがありがとうございました」

「やめときな。行くな。アイツら約束なんざこれっぽっちも守る気はねぇぜ」


 アシュレイはわずかに振り返るとはかなげな笑みを浮かべ、そのまま混沌の魔女の陣に投降していった。



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