LV36「ゴーレムVSアシュレイ」
十メートルをはるかに超える大きさだ。
全身には緑色の草が隙間なく密生しており、立ち上がったと同時に強烈な土の臭気があたり一面を覆いつくした。
分厚い胸に丸い頭が乗っている。濃い緑の隙間から巨大な両眼がアシュレイを冷たく見下ろしていた。命のない人造兵器特有の温度のない眼だ。腕も足も巨木のように太く、森で戦ったトレントが華奢に見えるほど、それらは肉厚だった。脚自体は短いか足裏とカカトは大きくどっしりしていて、まるで地に根が生えているように泰然としている。
ゴーレムはわずかに腰を落として構えているが、アシュレイに向けられた拳は巨大な岩そのもので向けられているだけで、その存在感に気圧されそうになる。
「シンプルなタイプのゴーレムよ。別段変わった術は使わないけれど単純に強いの」
春の魔女の言葉がスッと遠のいてゆく。
アシュレイは身体を半身にして右拳を構えると巌のようなゴーレムを睨みつけた。
じり、とゴーレムの巨体がわずかに前方へと動く。
「ゆきます」
挑戦者はこちらなのだ。
これほどの体格差で敵の出方を窺うほうがおかしい。
アシュレイは全身にオーラをゆきわたらせると跳ねるようにゴーレムへと飛びかかった。
ゴーレムの両眼が真っ白に輝いた。
同時に凄まじい風切り音を立ててゴーレムの拳が迫ってきた。
防御はできない。
法力で全身をカバーしているが込められた破壊力を思えばまともに受けただけで戦闘不能だ。
ゼロコンマ数秒で思考したアシュレイは回避にかかる。
だが、大きく避けては勝ちに繋がらない。
はるか頭上からの打ち下ろしの拳。
アシュレイはゴーレムの腕をすべるように回転しながら避けた。
皮一枚を伝うようにして指先からオーラを流しながら攻撃をいなす。
流れるような動きでアシュレイはゴーレムの前腕下部から肘を伝って地面に着地する。
ゴーレムの拳。
地に深く突き刺さって粉塵を巻き上げた。
細かく砕けた土は両者を隔てる幕となった。
アシュレイは間髪入れずに無防備な膝に向かって蹴りを放った。
――左足は貰う。
オーラの込められた左のハイキックがゴーレムの膝頭を粉微塵に砕く。
重たげな音が鳴った。
草と土が濛々と噴煙を上げて舞い立つ。
ぐらりと巨体が前屈するように前のめりになったのがわかった。
身体が大きすぎるので膝を壊された瞬間に自重を支えきれなくなり、結果としてバランスが崩れたのだ。
アシュレイは人間離れした跳躍力でその場から垂直に跳ねた。
裾を跳ね上げながら長く引き締まった右脚でゴーレムの右眼を蹴った。
いや、蹴ったという生易しい表現では追いつかない。
砲によって爆撃したような破壊力だった。
均整の取れた美しく長い脚をほぼ垂直に振り上げて、アシュレイをねめつけていたゴーレムの眼を申し分ないほどのタイミングで打った。
アシュレイは異様なくらいに身体がやわらかい。日頃の入念なストレッチもさることながら、天性のものもあった。アシュレイは自分の身体を操作することに関しては非凡であった。
だが、魔女が造ったゴーレムも桁外れの強さだった。
その巨躯からは想像できないほど素早い左のフックで対応してきた。
下半身に捻りを加えた基本に忠実なフックは落下途中のアシュレイにとってたやすくかわせるものではなかった。
――防御。
全身に張り巡らせていた防御のためのオーラをアシュレイは右腕に集中した。
これは賭けである。
防御力を一点集中させるので右腕はおそらくゴーレムの一撃に耐えうるであろうが、そのほかの部位はまったくの無防備状態と化す。
固く分厚い亀の甲羅のようなオーラの盾をイメージした。
「くっ」
防御した右腕が消し飛んだような気がした。
アシュレイは地面に叩きつけられる瞬間、右腕に込められていたオーラを全身に割り振ってダメージを軽減させる。
転がった瞬間、視界が真っ赤に染まるほどの激痛がアシュレイを襲った。
呼吸が止まる。
だが、痛みに悲鳴を上げる暇もない。
地面に左手を突いて立ち上がるが右腕は完全に痺れて使いものにならなくなっていた。
――だが、折れてはいない。
骨は折れていないようであるが、もはや、この戦いには使えない。
わずかな思考の間にも離れていたゴーレムが左脚を引き摺るようにして突進してくる。
痛みで判断を鈍らせるわけにはいかない。
――アレをやるしかない。
敵は攻撃力防御力質量すべてが自分に優っている。
これを破るには一撃必殺の技に頼るしかなかった。
迷う暇もない。
アシュレイは即座に決断した。
麻痺した右手を無理やり叩き起こす。
力は入らないが動かせる。
それだけで充分だ。
わずかに両脚を開いて広めにスタンスを取ると両手を使って両足太腿にある孔を突いた。
続けざま両手をクロスさせて上腕部の孔も突く。
瞬間、アシュレイの全身からいままでにないほどのオーラが爆発したかのように立ち昇った。
アシュレイは秘伝とされた人体にある特殊な孔を突くことによって、身体の内部を走っていた生命エネルギーを一気に開放した。
だが、これは禁じ手である。
本来ならば徐々にしか消費されない燃料を一度に燃やして、通常ではありえない力を発揮させる危険な秘術である。
オーラが根こそぎ消費される前に決着をつける必要がある。
横殴りに凄まじい風圧が迫ってきた。
距離を詰めたゴーレムがアシュレイ目がけて渾身の突きを放ったのだ。
孔を突いて飛躍的にオーラを高めたといっても真正面から立ち向かうのは無意味だ。
ゴーレムの一撃は動である。
これを覆すことは体格差からいってあり得ない。
――動に対しては静を持ってこれを処する。
アシュレイは頭上から打ち下ろしてくるゴーレムの拳を静の力を持って受け流した。
青白いスパークが両者の間で輝く。
迫ってきた打ち下ろしの右はアシュレイのわずかな手の動きで逸れて地面に突き刺さった。
天地が裂けたかと思われるほどの轟音が鳴って大地が爆発した。
ゴーレムの右拳は地面に半ばまで突き刺さったまま動きを止める。
濛々と巻き起こる粉塵をかいくぐってアシュレイは電光の速さでゴーレムの右腕を駆け上がると右拳にオーラを集中させる。
「ぜあっ」
光の矢になったアシュレイは勢いを留めることなく、さらに加速すると高々と飛翔してゴーレムの頭上でトンボを切った。
固い物を破砕する轟音が鳴ってゴーレムの後頭部にあったプレートの一部が弾けた。
アシュレイは一瞬の隙を衝いてありったけのオーラを込めた拳でゴーレムを動かしている駆動力のメインにあたる魔力の籠ったプレートの文字を削ったのだ。
機械のスイッチをオフにしたようなものだ。
ゴーレムの残った左目の輝きが完全に消え失せて巨体が沈黙した。
アシュレイが地面に落下すると同時に蔵人が駆け寄って助け起こす。
「やるじゃない。合格よ」
春の魔女が涼やかな声でアシュレイの勝利を認めた。
加護を得る権利を得た瞬間だった。




