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LV35「第一の試練」

「おい、アシュレイ。マジでこいつが魔女さまなんか? 軽すぎない」

「し、失礼ですよクランド!」


「あはは、いーのいーの。私も堅苦しいのは嫌いだからさ。そこのお兄さんみたくフレンドリーに接してくれるとうれしいな。魔女って以外は普通の女の子だよ」

「うむ、確かに至って変哲もない普通のチチだな」


 蔵人は春の魔女の前に立つとドレスの上から乳房を両手でわっしと掴み、遠慮呵責なしにぎゅむぎゅむと揉み始めた。


「ぎ」

「ぎ?」

「ぎいやあああっ」


 瞬間、春の魔女の杖から閃光がほとばしると蔵人はその場から弾かれたようにはるか彼方へぽーんと飛んでいった。


「あぎゅっ」


 百メートルほど遠くに弾き飛ばされた蔵人は花畑に落下すると、ゴロゴロと転がって踏まれたヒキガエルのような声を上げた。


「クランド!」


 遠くから蔵人の身を案じるアシュレイの焦った声が聞こえた。


「ふ。なんともないぜ」


 ――ああ、びっくりした。だが、パイがやわらかめだという情報は得た。


 蔵人が首を左右に振ってコキコキ音を鳴らしながら戻ると、春の魔女は顔を真っ赤にして自分の身体を守るようにずささっと後方に引いた。


「なんなんっ? アイツなんなんっ?」

「ンだよ。ちょっとしたあいさつじゃんか。そっちからフレンドリーにいこうっていったくせに」


「誰も胸をさわらせるなんて言ってない!」

「メモリーメモリー」


 蔵人は両手を前に突き出すと五指で空を掴むようにうねうね動かす。


「気持ち悪い動きをするなああっ」

「あ、あの、話の続きを……」


 アシュレイが困り果てた様子でおそるおそる声を上げる。ようやく我に返ったのか春の魔女は帽子を深くかぶり直すと顔を顰めた。


「ったく。長い間魔女やってるけど初対面でこんな破廉恥行為に出られたのは初めてだよ」

「惚れんなよ?」

「惚れるかっ!」


「だ、だから、私の話を――」

「ほら、アシュレイちゃんが困ってるだろ。これだから魔女ってのは人さまの都合も考えずにいつだって自分自分自分。それでいいと思ってるのかよ!」


「え、ええっ。あ、私がわるい……? はい、ごめんなさい……」

「わかりゃいいんだよわかりゃ」


「え、ちょっと待って、勢いで謝っちゃったけど、なにこれ? これ私が悪い流れなの?」


「ともかくもだ。俺たちは帝国をメチャクチャにしようとしてる混沌の魔女を懲らしめるために四季の魔女たちの力が必要なんだ。とっとと加護をお寄越しなさい」

「まとめんな」


「まあ、なんだ。俺の経験から言うとこういうケースだとさあ。おまえたちは試練だなんだって屁理屈ごねておいそれと不思議パワーをくれないんだろうけどな」

「アンタ、一遍地獄を見たほうがいいわよ」


 春の魔女が怒りの籠った目で蔵人を睨みつけた。


「クランド……」


 アシュレイは困り顔で額に手を当てて肩を落としていた。






 アシュレイは緊張した面差しで春の魔女と向かい合っていた。

 蔵人はふたりから離れた場所で腕組みをしながら見守っている。


(余裕ですね)


 だが、アシュレイが視線を懲らしてみると蔵人は眼をつむったまま薄く唇を開いていた。


「んごご、すぴぃ」


 気のせいか健やかな寝息が聞こえてくるのはなぜだろう。相対する春の魔女の眉間にシワが寄っているのはアシュレイの聴覚が確かなことの裏付けであった。


「あのさ。あまりお節介は言わない性質なんだけど、つきあう男は考えたほうがいいわよ」


 苦り切った表情で春の魔女が唇を尖らす。


「ご忠告いたみいります」


 顔から火が出そうになりアシュレイはうつむいた。


「んー、こほん。とりあえずそこのお馬鹿さんは放っておいてと。いい、アシュレイ。貴女が私の加護を得るためには、それ相応の実力があることを証明してもらわなきゃならないの。いまから春迷宮の守護獣を貴方ひとりの力で打倒しなさい。この試練、挑戦する? 言っておくけど、一度始めたら生半可なことでやめられないわ。よくて不具者、悪くすれば命を失うかもしれない。ここまでたどり着く人間はいないわけじゃないけれど、いままでの長い年月で守護獣を倒せた人間は片手で数える程度よ」


「無論、挑戦します。そのためにここまできたのです」


 アシュレイの顔は別人のように引き締まっていた。

 自然と握る拳に力が込められる。


 罪咎なくすべてを奪われた父母姉弟に仕えてきてくれた家人たち。戦う術を教えてくれた賢者ロペスの最期。様々なものが去来し消えてゆく。アシュレイはそれらの上に立っている。


 春の魔女の加護を得るのは、ただ復讐のためだけではない。誓って云える。混沌の魔女をこのままにしておけば、この先平穏に暮らしている帝国の人間たちがどれほどの苦しみを味わうか予測がつく。


 そして、それらを黙って知らぬふりをして逃げることなどアシュレイに備わっているノブレス・オブリージュが許さなかった。


 頼れる一族の後ろ盾がなくともアシュレイ・ウォーカーは帝国の誇り高き貴族なのだ。


「愚問だったようね、アシュレイ・ウォーカー」


 春の魔女はそれだけ言うと手にした杖を軽やかに振るった。同時に、目の前の草地がみるみるうちに盛り上がって見上げるような巨人へと変化した。




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