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LV34「春の魔女」

 草むらのフィールドを抜けると目の前には古ぼけた礼拝堂が建っていた。


「すげぇおんぼろだな」

「クランド、そのようなことを言ってはいけません」


 と、擁護するもののアシュレイ自身も目の前の礼拝堂の古さに若干尻ごみしている気配が濃厚だった。


 黄土色の石で組み上げられた、別段特徴のない礼拝堂には人の気配はなく、それどころかずいぶんと長い間打ち捨てられていたようなふうである。


「うへえ。なんかゾンビでも出てきそうな感じ」


 蔵人が警戒しながら扉を開けるが、中は薄暗いだけで特に危険性を感じることはなかった。

 室内は長机が幾つか並んでおり、それらはすべて埃が堆く積もっている。


「そーいや、昔、こんなとこで牛のバケモンとやり合ったような記憶があんな」

「牛なんてここにいませんよ」


 ひくひくと鼻を蠢かせるが黴臭いだけで生物の気配もない。

 アシュレイが背筋を幾分伸ばして続く。


「ふへえ。特におかしなところはないよな。あんま礼拝堂とか入ったことないから知らんけど」


「知らないのに断定するのは、少し早計では? 足元を救われぬように気をつけて」


「アシュレイちゃんは真面目っ子だなあ。委員長タイプだ」


 キョロキョロとあたりを見回しても変わったものはない。

 蔵人は奥に続く扉を見つけなんの気なしに押し開いた。


「ぬわっ。ちょ、なんじゃこれ?」


 軋むことなく開いた扉の向こうは激しい陽光がきらめいていた。あまりの光量に目をやられ激しく瞬きをしていると、次第に慣れて情景がよく見えてくる。


 そこには青々と茂った草と美しい花々が咲き誇る天上世界のような光景が広がっていた。


「また別世界へのワープポイントですか。びっくらするからマジでやめてほしい。ほっ」


 どうやら礼拝堂の扉はまた違う空間に繋がっているようであった。

 ジッと眺めていても仕方がないので蔵人が意を決して扉をくぐる。


 その場所は通過してきた森や草地と違う生命力にあふれた春の花畑といった場所だった。


 日の光はやわらかく降り注いでおり、その場にいるだけで生命力がチャージされていくような強い多幸感を覚え、蔵人はアホ面を晒したままボーッとその場に突っ立った。


「きれいですね」


 アシュレイはその場に跪くと春の季節に咲くかわいらしい花々の花弁を指先でそっと触れながら目元を細めていた。


 白や黄の蝶々がひらひらとあちこちを楽しそうに飛び回り、ふと視線を傾けるとすぐそばには清冽な気を放つ小川が流れている。蔵人が歩み寄って覗き込むと、明度の高い澄み切った川の流れには小魚がすいすいと小刻みな動きで泳いでいる。


「なんちゅうか、弁当持ってピクニックでもしたい気分だな」


 ドッと腰を下ろしてあたりを眺める。

 ぽかぽかとして身体を覆っている外套を通して芯まであたたまりそうだ。

 のどか過ぎる風景にあくびまで自然と出かかってしまう。


「よう、アシュレイちゃんも座りなよ」

「ですが」


 蔵人が尻を草の上に据えたままひらひらと手招きする。

 この誘惑にはさすがに抗いがたかったのか、アシュレイもちょこんと隣に席を取った。


「地上の楽園って感じだな」

「そう、ですね」


「ぽかぽか陽気だと頭も心もふにゃふにゃしてきちゃうよねー」

「だな」

「ですね」


 ――ちょっと待った。


「誰だっ!」


 ナチュラルに蔵人たちの会話へと混ざってきた人物がいる。隣を見ると、緑一色の衣装を着た女がニコニコ顔で小首を傾げていた。蔵人は、しばらく声を出すことができなかった。


(いつの間に。まったく気配を感じなかった)


 ふたりが素早く飛び退って距離を取ると、長い杖を持った女は不思議そうな顔のまま無警戒に両足を伸ばしたままどういったアクションも取らない。


「あ、初めまして。わたしが春の魔女。この迷宮を司るダンジョンマスターだよ」


 鮮やかな緑のドレスを着てツバの広い魔女帽を被った春の魔女は、コロコロと楽しそうに笑いながら立ち上がった。


 年齢は蔵人とそう変わらない二十歳前後に見える。顔は小さく大きな瞳が印象的だった。容貌は欧米人であるが顔の彫りはそこまで深くなく鼻も小ぶりである。


「あなたが春の魔女なのですか。私はアシュレイ・ウォーカー。御高名は窺っております。此度は是非ともお力添えをいただきたくまかりこしました」


「あーそういうのイイって。私めんどくさいの嫌いなんだよねー。いままでのあなたの行動はまるっとお見通しなのさ。この魔女さまの千里眼でね」





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