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LV29「草のフィールド」

「で、次がここか」


 森を抜けると目の前にはだだっ広い平原と丈のある草むらが広がっていた。草の種類は判然としないが、丈は四メートルを優に超えるものが密集している。


 かなたには丘陵が広がっており、遠目には礼拝堂のような建造物が見えた。


「どうやらこの草っ原をゆくしかないようだな」


 左右を見渡しても草むらを迂回して丘の上にたどり着くことは難しそうであった。天然の草で作られた迷宮という体だ。おあつらえ向きに、入り口付近と思われる場所が通れるように草が刈ってある。


 蔵人が足を踏み入れるとアシュレイが続く。

 途端に視界が緑で遮られ、草独特の青臭いような臭いが鼻を衝いた。


(道幅はおおよそ八十センチってとこか。ひとりがギリギリ通れる程度か)


 草むらの迷路に入ると途端に気温が数度上がった気がする。巨大な草むらは完全に周囲の風を遮断しているので、温度も湿度も外よりずっと高い。足元は粘った泥が広がっている。靴まで沈むというほどではないが、転べば確実に泥だらけになるだろう。


 歩きながらチラチラと足元を眺めるが、人間どころか獣の足跡ひとつ見つからない。


 草が人為的に刈られて道ができているからには、過去、通った誰かがいるはずなのだが、気配すら感じることができなかった。


「これだけ周りが見えなきゃいつどこで襲いかかられてもわからない。慎重にゆこう」

「後方はお任せください」


 蔵人の方向感覚は優れている。草むらに入る前に丘の上に見えた建造物の方角を目指して進んでいるが、それでも時折現れる左右の道を選ぶことを強いられる。


 ――そういえばガキのころこんな迷路で遊んだか。


 あれはまだ蔵人が小学生の時分の夏休みである。

 どういった経緯で参加したかはわからないが、地区の子供会の行楽で田舎の動物園に行った際、その土地のイベントのトウモロコシ畑の迷路にチャレンジしたことを思いだした。


 田圃の一区画に作られたトウモロコシが生える迷路を右往左往し、決められたチェックポイントを回ってスタンプラリーを行うイベントだ。


 蔵人は幼少のころからこういう迷路は得意だった。迷う同級生を尻目にかけて一番で迷路を踏破して景品の一等を手に入れた。子供心に濃密な緑のカーテンの向こう側から怪物が現れないかと夢想し鼻息荒く手にした木の枝をブンブン振るっていた。


「それがいまでは本物のバケモノ退治か」

「え?」

「いや、なんでもない。それより万が一にでも離れると迷子になっちまうぜ。あ、そーだ。手を繋ごう。それが一番だ。な?」


 蔵人はアシュレイが同意する前より早く振り向きざま彼女の手を取った。手甲の下にあるアシュレイの右手は蔵人の手のひらにすっぽり納められてしまうような小ささで、よくモンスターを倒せるものだと思うほど華奢で儚げに思えた。


「アシュレイの手、ちっちぇーな。女の子って感じだ」

「いえ、私は大きいほうだと思われますが。クランドの手が大きすぎるのでは?」


 蔵人の手のひらは広げればドンブリを掴めるほど巨大であり肉厚だ。


(やべぇ、アシュレイの手のひらやわこくて気持ちええ)


 蔵人は握りしめたアシュレイの右手の感触を指を動かして、繊細な指の一本一本をこねくるように味わっていたが、不埒なオーラを感づかれたのかパッと離された。


 ――んだよ、もう。さわらせろやオラぁ!


 ふと見ると、アシュレイは頬を朱に染めて自分の手をかばうように胸の上で守っている。蔵人は恥じ入るようなアシュレイの姿に妙な嗜虐心を煽られ背中の毛がゾクゾクと逆立った。


「げへ、げへへ。アシュレイちゃん。こんなとこで手を離すと危険だよう?」


「いまの貴方のほうがよっぽど危険だと思います」


 蔵人は両手を頭上に持ち上げてジリジリとアシュレイに迫る。アシュレイは嫌そうな顔であからさまに距離を取った。


「そんなあ、ボクは君のことを思って親切心で言っているんだよ」


「つまり、離れないようにすればよいわけですね」


 数十秒後、蔵人は腰に細引きを打たれ散歩にゆく犬のような格好にされた。


「これなら手を繋がずともよいでしょう」


 腰縄を掴んだアシュレイが満足げに言った。


「これじゃあ猿回しの猿じゃねえか」

「お猿さんのほうがお利巧です」


 言い争いをしていても始まらないので蔵人は年長者の貫録を見せるために引いた。


 ――なあに、脈はある。


 いつもの勘違いなのであるが蔵人はアシュレイが自分に惹かれ始めていると強烈に思い込んでいたので、取り乱すことなく冒険を続けることにした。


「よし。それじゃあアシュレイちゃん。このお兄さんにしっかりついてくるのだぞ。ここはどんな危険が潜んでいるやもしれん。気をつけるのだ」


 サムズアップしながら無駄にいい笑顔で言い放つ。


「はい」


 それに対してアシュレイは気のない返事であるがプラス思考の蔵人は気にも留めない。

 蔵人には根拠のない勝算があった。


 これだけ視界の利かない草ぼうぼうのフィールドである。目的地に到着するまで数多のモンスターが登場するのは間違いないだろう。蔵人はデリカシーに欠け、論理的に物事を進めるのは不得意であったが腕っぷしには自信があった。樹木のモンスターであるトレントはアシュレイが倒してしまったが、蔵人が前衛である限り見せ場はポコポコ生まれるはずだ。



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