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LV26「魔石」

 ――来る。

 アシュレイの直感は鋭く、的中した。トレントは長く伸びた木の枝をしならせ、鞭のように振るってきた。葉は蔓を引き千切る音と共に枝が異様な唸りを帯びて頭上から迫ってきた。


 相手は樹木だ。真面目に打ち合う必要もない。

 アシュレイは野生の鹿のような俊敏な動きで振るわれた枝の攻撃をことごとくかわした。トレントの枝は森の地を打ち、轟音を響かせながら次々と休みなく放たれた。アシュレイは枝攻撃を森のあちこちに生えている樹木を盾にしながらすいすいとよけた。


 ――よけているだけでは勝負にならない。


 目が慣れたアシュレイは振り下ろされた枝が土に食い込む瞬間、わずかであるが引き戻しのスピードが落ちることを見抜き、素早く手刀で打った。


 ただのチョップではない。賢者ロペスから正規に習得したオーラという生命エネルギーの籠った強烈な一撃である。


 ウェーブのようなオーラが伝播した。枝は激しく痙攣すると内部から破壊されて爆発し、緑の樹液が弾けてビタビタと周囲の木々を染め抜いた。


「な――?」


 攻撃の瞬間こそが、実はもっとも隙が生まれる。アシュレイはトレントに上手く一撃を与えたことにより、足元に迫っていた木の蔓に気づくのがワンテンポ遅れた。


 結果、アシュレイはしゅるると伸びた蔓に右足首を巻かれて、高々と宙に吊り上げられた。

 普通ならば逆さ吊りにされた時点でかなりの精神的ダメージを受けて狼狽し、さらに次の行動に移ることが遅れるだろう。


 ――まず足の蔓を切り裂く。


 僧衣が捲れるのにもかかわらず声すら上げないアシュレイが手刀を振り上げたとき、あらぬ方向から鋭い殺気が叩きつけられた。


 あっ、と思ったときにはアシュレイの足首に絡んでいた蔓は切り落とされて自由落下した。


 受け身を取ろうとしていたアシュレイをふわりと受け止めたのは、どこまでも分厚くそれでいて重みのある二本の腕だった。


「ワリィな。ちょっと遅れた」


 気づけばアシュレイは蔵人の腕の中にすっぽりと嵌るように抱きかかえられていた。そうしている間にもトレントの攻撃が猛然と襲ってくる。アシュレイは蔵人に片腕で横抱きにされたまま、遠ざかってゆく。


(荷物扱いはちょっと心外ですね)


「ありがとうございます。ですが、このあたりで結構ですので」

「え、いやーん。ンなこと言わないでもうちょっと抱っこさせてよ」


 腕の中から這い出る間にも蔵人は軽口を叩きながら余裕綽々であった。


(この人に恐怖心は存在しないのでしょうか)


 ジーっと眺めるアシュレイに気づいた蔵人は長剣をだらりと腕から垂れ下げながら、照れたように後頭部をガシガシ掻いた。


「いやあ、それがさ。ちっちしてたらおっきいのもしたくなってさ。で、スッキリしたところで拭こうとしたらちょうどいい葉っぱがないから探してたら、なんだかデッカイ蟻さんみたいなのがわらわら湧いてきて撒くのに時間がかかっちゃったんだ」


「とにかくいまは目の前のトレントに集中してください」

「まーかせて」


 蔵人が長剣を構えてトレントと対峙している。漆黒の外套が音を立てて広がったかと思うと、すでに蔵人の身体はアシュレイの視界から消えていた。


 ――速い。


 巨大なザックを背負っているというのに蔵人は足場の悪い森の中を凄まじいスピードで駆け抜けている。


 よほどに足腰が強靭なのだろう。賢者ロペスから格闘の奥義を伝授されたアシュレイだから蔵人の身体の軸があれだけの速さで駆けていてもまったくブレないことの凄さがわかった。


 トレントの巨大な枝がしなって打ちかかってくる。

 蔵人は紙一重でかわしながらグングンと距離を詰めていく。


 鞭のようにしなる枝は、まともに当たれば馬でも五体が砕けそうな破壊力を秘めているが、恐怖心がないように思える蔵人は左右に細かく動いてそれらを散らしてゆく。


「だっ」


 蔵人は枝の攻撃をよけながら跳躍すると腰の革袋をトレントへと投げつけた。革袋はトレントの顔面中央部にぶつかると爆ぜた。黒色のキラキラと光る砂が虚空に舞った。蔵人は片脚で地面に着地すると水筒の口を開いて中身をトレントに見舞った。


 オレンジ色の光がカッと輝いた。薄暗い闇を引き裂いてトレントから火が燃え上がった。


「ざまあみやがれ。錬金術士が調合した発火鉄だ」


 このとき蔵人が使用したのは水をかけると瞬間的に高温へと達する特別な調合を施したマジックアイテムの鉄粉だった。


 酸化反応を利用する使い捨てカイロはせいぜい八十度前後までしか温度は上昇しないが、蔵人が投擲したものは木材が発火するといわれる四百五十度をはるかに超える。


 トレントの全身には瞬く間に火が回り攻撃どころではないといった狼狽ぶりだった。

 いくらモンスターといえどこれ以上の苦しみは見ていられない。


 ――決着を。


「下がっていてください」


 アシュレイはそれだけいうとやや腰を落としてトレントをまっすぐ見据えた。


 トレントの巨大なふたつの赤い瞳がカッと見開かれた。


 アシュレイは腰を落としとしたまますべるように前方に動いた。


 素早くトレントの眉間のあたりに中段突きを放つ。


 アシュレイの右腕には凄まじいオーラが込められており、拳がトレントに触れた瞬間、青白いスパークがオレンジの炎を掻き消すようにパッと上がった。


 トレントの形相が凄まじくなった。アシュレイは身軽な猫のような動きでその場を跳躍して離れると、たっ、と軽やかに地面に降り立った。


 巨大な樹木の表面が残らず黒くなってゆく。数秒と間を置かずトレントは真っ白に明滅すると黒い霧となってその場からカケラも残さず消えて、あとには真っ赤な赤い石が残った。


「消えた――?」


 とまどっていると、蔵人がひょいひょいと近づいてゆき、地面に落ちていた手のひらに乗る小さな赤い石をすくい上げる。


「こりゃ魔石だ。ってことはコイツは魔石モンスターだったってわけか」

「魔石モンスター?」


「ああ、高位の術者は魔石に自分の魔力を込めることによって任意の魔道生命体を作り出すことができる――と物知りのエルフから聞いたことがある」


 蔵人は目敏く赤い魔石をすべて回収すると革袋に詰めてキッチリ紐を縛った。


「そして高額で買い取りしてもらえるともっぱらの噂だ。捨ておくのもなんだから俺が持って帰って供養してやるとするか」

「はぁ……」


「なんだよ。それよりもそろそろ日が暮れるぜ。今晩の宿を探さないとな」




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