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LV25「迷宮モンスター」

「ふんふふふんのふふふのふーん」


 森の中を往く。

 背後を歩く蔵人は拾った木の枝で木々や茂みをガサゴソやりながら至って緊張感もカケラのない様子でハイキング気分らしく鼻歌まじりだ。


(のんきなものですね)


 掴みどころのない人間である。


「おっ」


 不意に蔵人が素っ頓狂な声を上げる。アシュレイが緊張感を漂わせて視線を向けると、木の根元に真っ白な髑髏が転がっていた。


 おそらくは春迷宮に挑んで武運拙く力尽きた先達であろう。

 見れば蔵人はその場で片膝を突いて拝んでいる。アシュレイが尋ねたところ蔵人の信仰する宗派は「ブッキョー」という耳にしたことがないものであった。


「こんな寂しいところでひとりぼっちか。ツイてなかったな」


 髑髏に話しかける蔵人の声音はいつもよりも低く、どこか優しい。彼の年齢を聞けばアシュレイより年上であったことは驚きだった。だが、こうして真摯に死者の冥福を祈る彼の姿は自分よりもずっと落ち着いて戸惑いすら覚えてしまう。


(子供みたいなことばかりと思えば、このような顔で祈ることができるのですね)


 修道院で修業しただけあってアシュレイは信心深い女である。

 宗教は違っても蔵人の死者の魂を労わる心は自ずと胸に染みた。


「ようし、いま綺麗にしてやるからな」


 蔵人が水を出して髑髏の苔を洗浄しようと手を伸ばす。

 抱えた髑髏のぽっかりと空いた眼窩からにょろりと真っ黒なムカデが這い出てきた。


「うっわ、気持ち悪っ!」


 蔵人は髑髏をポーイと樹木の幹に叩きつけて粉々にした。


「きったね、ぺっ」


 アシュレイは深く脱力した。


「ん、どした」

(前言撤回)

「そこに座りなさい」


「え」

「座りなさい」

「え」

「座りなさい」


 アシュレイは蔵人に対して死者の霊に対する最低限の礼儀を懇々と説いた。






「ちょっとちっちしてくるね」


 それだけ言い残して蔵人が茂みに消えてから結構な時間が経過した。


「ちっちとはなんのことでしょうか……」


 小用の幼児語である。

 この状況でどうしてその語句を選んだのかは蔵人にしかわからない。


 いつまでも蔵人が戻ってこない。


 このまま立っていても気配すら感じないのでアシュレイは手ごろな木の根っ子に腰を落とした。 


 アシュレイ自身、将来的に四季迷宮を攻略するつもりであったのでそれなりに情報を集めていたのだが、なにせ探索に出てロクに戻ってきた人間がいないといういわくつきの迷宮である。


 彼女なりに、努力してみたのだが探索に繋がる有力な情報は手に入れることはできなかった。


 帰還した人間がいないという話が真実ではないとしても、重要度の高い情報が出回らない限り事前に安全度を上げるという作業は不可能である。


 また、短い期間で冒険者ギルドにおける銀星級という高位にまで到達したアシュレイは単純に年季と経験は足りなかった。


「遅い。いくらなんでも遅すぎます。なにかあったのでしょうか」


 冒険者としては先輩だ。

 あれだけ常に嘯いていたのだ。アシュレイは半ば呆れながらも大丈夫だろうと過信していた自分を愚か者めと罵りたくなった。


 蔵人の名を呼びながら森を歩く。

 四季迷宮を攻略する話を打ち明けたのは蔵人が初めてではない。それなりに腕が立ち信頼できそうな冒険者に話を幾度か持ちかけたが、その誰もが耳障りのいい言葉を述べてアシュレイに翻意を促したり断るのはまだマシなほうで、逆に思慮が浅いとなじられたりすることもあった。


 だが、蔵人は実際、海のものとも山のものともつかぬ、いまだ誰もが成し遂げたことのない迷宮攻略に率先して力を貸してくれた。


 事実、自分は迷宮攻略の途にある。

 アシュレイたちが挑んでいる春迷宮の森は原始のそれに近い。森は人間が手を入れて不必要な木を切り倒し、枝を払い、道をつけねば、本来、日が差さずどこまでも濃密な闇で覆われお世辞にも美しいとは言い難いシロモノなのだ。


 不意に背後からゾッとするような気配を感じた。


 アシュレイは素早く横っ飛びに跳ねながら身を捻り、襲ってきた対象物を見据えた。

 淀んだ空気を割って飛来してきたものは、太く鋭い樹の幹だった。


 ドスッと鉄の槍が刺さったような鈍い音が背後の幹から聞こえた。

 構えを取ってからアシュレイは用心深くカカトを浮かした。

 いつでも軽やかに動けるよう配慮したのだ。


「トレントですか」


 モンスターとの戦闘経験が浅いアシュレイは自分の呼吸が自然と速くなるのを感じ頭の中がじんわりと熱くなるのを感じた。


 彼女がトレントと呼称したのは目の前で自立歩行する樹木のモンスターだ。


 大きさは目測で七、八メートルといったところか。

 この種としての個体としてはそれほど驚異的ではないのであるが、緊張感からかアシュレイには酷く大きなものとして目に映った。幹の部分がおそらく顔に似た器官なのだろう。目と鼻らしき凹凸がありアシュレイの動きを注意深く見守っていた。



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