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LV02「すべてが終わる日」

 アシュレイは自宅に帰ると物も言わず自室に引き篭もると、夜会の衣装のまま化粧も落とさずベッドに腰を下ろし両手を組み合わせてジッと虚空を睨んだ。


 ――なんて、こと。

 ノワルキという皇子に愛情を感じたことはなかった。

 だが此度の仕打ちだけはどうしても許せなかった。


 アシュレイは目を閉じて深呼吸し気持ちを落ち着けた。

 精神集中は修道院で学んだ。

 高ぶった感情はあっさりと凪いだ水面のように穏やかになる。


 ナタリヤという娘が悪いわけではない。

 行儀作法のために屋敷に上がったところをノワルキに見染められただけだ。


「皇子の気まぐれでしょう」


 気まぐれと呼ぶにはあまりな仕打ちであったが、明日あたりになれば側近を通じて公爵家に謝罪の使者が来るのは通例だった。


 ――それにしても今回は質が悪すぎる。

(もういいです。今日はふて寝しましょう)


「ぐー」


 アシュレイの特技はどんな場所でもいかなる状況でも三秒で深い睡眠に入れることだった。

 この特殊といっていい速やかな入眠のよさはのちに彼女を助けることとなる。







 だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった。

 その晩、アシュレイが深く眠っている間に自宅であるウォーカー屋敷は襲撃を受けたのだ。


「お嬢さま、起きてくださいませ。お屋敷が、お屋敷が!」


 侍女であるキティ・ホールズワースに揺り起こされたアシュレイが最初に感じたのは、屋敷を右往左往する使用人たちの荒々しい足音であった。


 身を起こす。

 五感をフルに活用する。

 アシュレイは事態の異様さに端正な顔を歪めた。

 ――焦げた臭い。


「一体これはどういうことです」

「わかりませぇん。急にお屋敷に多数の兵が」


 十四歳になったばかりのキティはポロポロと涙をこぼしながら泣き喚くだけで要領を得ない。


 身の危険を感じたアシュレイがドレスから動きやすい平服に着替えたところで執事であるロムニーが武装した騎士たちを従え部屋に現れた。


「アシュレイお嬢さま。お早くお逃げを。屋敷は取り囲まれております」


 羊型亜人のロムニーはそれだけいうと悔しげに「めえぇ」と鳴いた。


 もはや老齢に差しかかっているロムニーとは物心がつく前からの間柄である。アシュレイは現状の危うさを素早く読み取ると余計な言葉を差し挟むことなく部屋を出た。


 ロムニーの引き連れたわずかなウォーカー家子飼いの騎士たちと裏の通用口を出た。


 アシュレイは怯え切ったキティの手を引くと、警護の騎士たちに襲いかかる兵たちを一蹴させてなんとか裏山の頂上に逃げ延びた。


 そこでアシュレイが見たものは業火で燃え盛る今日まで育った生家の姿だった。


 キティはむせび泣きながらその場にへたり込んでいる。


「ロムニー、敵は誰なのですか」

「残念ながら帝国兵のようです」


 アシュレイが最初に家族の安否を尋ねなかったのは、不幸中の幸いか両親と妹たちは帝都から離れた領地に居たからである。


 ――何故。


 思い当たることがないわけではないが、アシュレイはそのことがあまりに馬鹿げた妄想と自分でも思えたので口には出さなかった。


 婚約を破棄し、満座の中で罵倒し辱めを加えただけではなくここまでするとは。


 ノワルキ皇子は狂われたのか。


(いいや、違う。そうではありません)


 ウォーカー家の騎士たちは精強で知られている。アシュレイもノワルキがまさかここまで周到に兵を準備して奇襲を行ったとは考えもしなかった。


 この攻撃には単純な婚約破棄以上の強い意志と行動力が窺える。


 ノワルキは大きいことをいうわりには決断力がなく、勇気も欠けていた。


(むしろ、彼を見誤っていたのは私なのでしょうか。徹底的に私を含めたウォーカー家の勢力を排除するという考えに基づいていたのであれば、まず、帝都では手も足も出ない)


 ゾクリとアシュレイの背に強烈な悪寒が走った。


「お嬢さま。敵兵を捕らえて調べたところ、すべてはノワルキ皇子の私兵の手によるものです。彼らが屋敷を襲ったのでございます」


 ――血が冷えた。


 アシュレイは震えながら胸元を飾る白銀に光るコインを握りしめた。かつて、ノワルキの婚約者に選ばれたとき、母から貰った大事なペンダントだ。幸運を呼ぶと言われる古代の硬貨はいつものように冷たかった。その冷たさのおかげか、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「ともかくも真偽を確かめるよりもお嬢さまは一刻も早く帝都を落ち延びてくださいませ。ノワルキ皇子の手兵は三千を超えています。おっつけこの山も囲まれるでしょう」


「悪夢です……」


 侍女のキティが漏らした呟きがその場にいた全員の胸に染みた。


 アシュレイはともすれば遠ざかりそうになる意識を必死で繋ぎ止め、このあとどうすれば最善なのかを必死に考え続けた。



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