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LV17「付け馬とロクデナシ」

「ああっ、見つけた。ここだ、ここだって! 間違いねぇよ!」

「マジかよ。フカシじゃなかったんか」


 さわやかな朝日に似合わない野郎ふたりの声がアシュレイたちの仲を裂くように届いた。


 アシュレイは反射的にジャックの手を振りほどいた。


「やっほーカワイコちゃん。探しちゃったぜ、もう」


 ひとりは黒尽くめの若い男で、もうひとりは明らかに堅気ではないゾロリとした衣装の夜の街で見かけるヤクザ者である。


「俺だよ、俺。俺俺。俺だってば!」

「どちらさまでしょう……あ」


 アシュレイは目の前の男が昨晩、自分を悪漢たちから助け出した上で破廉恥な行為をしてきた人物だとようやく理解に至った。


「な? ホラ、言ったべ。俺のいうことは嘘じゃねーべ!」


 昨晩は闇の中でよくわからなかったが、意外にわかかった。顔つきから、たぶん自分と同じくらいかもしくは、もう少ししたか。無精髭を落とせばもっとはっきりするだろうが、あまりブルトンでは見かけない顔の部類だ。


 ヤクザ者は半信半疑の目でズカズカと歩み寄ってくる。


「なあ、シスター。あんたがこのあんちゃんの女で昨日の店のツケ払ってくれるってのは本当か」

「は?」


「だから、このあんちゃんが店で遊び倒したぶんの金を代わりに払ってくれるかどうかだよ」


 アシュレイは目が点になった。

 意味がわからない。

 どうして、この無礼者の遊興費を自分が払わねばならないのだろうか。


「ワリーワリー。頼むよ。ちょこっとだけ立て替えてちょんまげ。だってそうしないとこのオッサン俺のこと通報して牢にぶち込むっていうんだもん。って、昨日しこたまぶち込んだのは俺なんだけどな。がはは」

「……?」


 意味がわからないのでアシュレイは小首を傾げた。


「な、なにを言っているんですか。シスターにこれ以上無礼なことを言うと僕が許さないからな! とっとと失せろ! おまえらの勘違いだ!」


「だってよ付け馬くん。宿の兄ちゃんに迷惑かけんなよな」

「はぁ……っておまえが店の金払わねぇからじゃねぇか!」


 アシュレイがフリーズしていると見かねたジャックがかばうように前に出て怒鳴った。ヤクザ者は自分より頭ひとつ大きい男を睨んでいる。男は困ったような表情でひたすら身を縮めてアシュレイに懇願するような視線を向けていた。ときどきふざけているのかわからないが、表情をくるくる変えてなんとかならないかと目で訴えかけてくる。


 ――妙に憎めない男である。

 そう思った時点でアシュレイの負けであるが、気づけば男をかばっていた。


「え、ええと。ジャック、その方は無関係というわけではありません」

「ええっ!」


「話せるじゃんか」

「ええっ!」


「おいくらでしょうか。代わりに私が立て替えます」

「ええっ!」


「ワリィじゃんか。助かったよ」

「ええっ!」


 最終的に金はジャックが立て替えることで問題は解決した。


 娼館『思いでぽろりんぽろりん』の付け馬は疲労し切った顔で街に戻っていった。


「へへ、なんか迷惑かけたな。あんがとな」

「なんで僕が見も知らない男の飲み食いした金を払わなくちゃならないんだ」


「よっしゃ。そんじゃお返しに今度いい女がいる店に連れてってやっから!」


「ええっ、って違う違う。シスター、断じて違いますからね。僕はそのようなたぐいの店で遊んだことはありませんから」

「あの、そういう店ってなんでしょうか」

「ピュアピュアちゃんだ」


 男がピューッと口笛を吹いた。

 アシュレイは本気で理解していなかった。






「とにかく昨晩は危ないところを助けていただきありがとうございました。その、お名前を」

「そういや名乗ってなかったな」


「シスターは名前も知らない男の借金を肩代わりしようとしたんですか?」

「うるせーガヤだな。話の邪魔だよ」

「僕がアナタの借金を支払ったんですよ」


「おいおい、兄ちゃん。金は天下の回りものっていうじゃんかよ。ケチケチ言うとこのシスターちゃんに呆れられちゃうんよん。器のちっせー男だ! てな」

「はっ、いや、別にそういうつもりじゃ」


「ジャック。心配しないでください。彼のいうようなことは微塵も思っていませんから」

「そうそう。シスターちゃんは度量が広いのだ。ケツもデカいしな。がはは」


 男はそう言うと腰に手を当てて楽しそうに大口を開いて笑っている。


「そういや名乗ってなかったな。俺の名は志門蔵人。愛と勇気を兼ね備えた正義の使者だ」

「私の名は――」


 アシュレイはかりそめの名を口にした。そのときだけ、快活であった蔵人という青年の眉がわずかに曇ったが、すぐ元の陽に戻る。


「気軽にクランドでいいぜ。もしくはダーリンと呼んでもいいっちゃよ」

「クランドと呼ばせていただきます」


 ――なんだろうか。


 出会ってから、たいした時間も経たないうちにアシュレイたちは目の前の男のスペースに完全に巻き込まれている。


 いままで一度も会ったことのないタイプの男性だ。なんといえばいいか、特別なことはなにもしていないのに、場の空気を一瞬で自分のものにしてしまう不思議なオーラを持っている。


 だが、アシュレイにもこの後は予定はあるのだ。目配せしてジャックを不承不承遠ざけふたりになり、話を手早く済ませるのが吉だろう。


「なんだ、そんなに俺とふたりっきりになりたかったのかい仔猫ちゃん」


「用件はなんでしょうか。失礼ですが、借財を肩代わりしたことで昨晩の借りは返したと思っています」


「つれないこと言うなよ。もっと楽しくお喋りしようぜ。あ、そだ! この先にお洒落なカフェテラスを見つけたんだ。のんびり将来について語り合わないか」


「特になにもなければ私は失礼させていただきます」

「待ったぁ! ――もう、せっかちな姉ちゃんだな。わかったよ。用件を言うぜ」


 ふざけていた口調が不意に真面目になったのでアシュレイは歩を止めて振り返った。


「俺とパーティーを組もうぜ。アシュレイちゃん」




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