LV14「追手猛追」
――私はどこまで耐えねばならないのでしょうか。
「アシュレイさま。混沌の魔女が復活してノワルキ皇子を誑かしているのであれば、帝国においてその呪力に打ち勝つことができるのは、四季迷宮の四魔女のみです」
「四季迷宮の四魔女?」
「ええ、彼女たちは帝国の地下にそれぞれ住まい強大な力を持ってこの我らが住まう島を守護しております。お嬢さまは、四魔女の力を借りて混沌の魔女を討つしか術は残されておらぬのです」
「それしか方法がないのなら、覚悟を決めるしかありませんね」
アシュレイは切り替えの早さに定評があった。
物憂げな表情でアシュレイがさらに詳しい話を聞こうと修道院長に向かって唇を開こうとしたとき、外で異様なほどけたたましく扉を叩く音が響いた。
耳を澄ます。
軍馬の嘶きと、鬱蒼とした森の奥では不釣り合いな多数の人間の足音と気配が近づいてくる。
「院長さま。表に帝国の兵士たちが! アシュレイさまを出せと!」
若いひとりのシスターが表情を強張らせて扉の前で叫んだ。
「詳しい話をお聞きしたかったのですが、もはや私に時間は残されていないようです」
そういって純白の長手袋をキュッと引き絞るアシュレイの眼差しには虚無が灯っていた。
「最後にひとつだけ頼まれていただけませんか。ここまでついてきた家臣たちをなんとか逃がしてあげてください」
修道院長は無数のシワの寄った顔を引き攣らせた。
「お嬢さま。なんとか逃げ延びて、ここから南に位置するノーワードの大賢者ロペスをお訪ねください。その先は彼が導いてくれるでしょう」
視線を下げていたアシュレイが再び顔を上げたとき、彼女には鉄のように固く、なにものも冒しがたい信念が宿っていた。
「ご武運を」
アシュレイは無言のまま振り返ることなく僧服の裾を翻して修道院の表玄関に向かった。
胸の中はカッカと業火が燃え盛っているというのに、頭の芯は恐ろしいまでに冷え切っている。
わずかなりともあった思い出のカケラがアシュレイから完全に消えていった。
表玄関を開くと武装した兵士が修道院を取り囲んでいた。
アシュレイを見つけた騎士が黒い肥馬に跨りながらゆっくりと近づいてくる。
「これはこれは高名なウォーカー家のご令嬢アシュレイさまでお間違いございませんか。わたしは帝国軍の騎士リチャード。ノワルキ皇子の命によりあなたさまをお迎えに伺いました。ここに至っては家名を穢さぬようおとなしくご同道願えませんでしょうか」
「騎士リチャード。丁寧なあいさつ痛み入ります。ですが、私にはゆかねばならぬ場所、やり遂げねばならぬことがあります。残念ですが、別の機会にお願いします」
「公爵令嬢はお堅いと聞いていたがこれほどまでとは。このような郊外のあばら家に潜んでいても、父母やご領地の噂は耳に入っているでしょうに。手こずらせないでいただきたい。いまなら、ご身分にふさわしい幕を引けると申しておるのです」
「お誘い残念ですが」
そういうとアシュレイは羽織っていたコートを脱ぐと背後に放った。
それが合図だった。
リチャードが槍の穂先を動かす前にアシュレイの身体は軽々と宙を舞っていた。
「はあっ!」
気合の籠った声と同時にアシュレイの裾から延びる長い脚が馬上にいるリチャードの顔面を素早く捉えた。
骨の鳴る音と共にリチャードは吹っ飛ぶとガチャガチャと鎧甲冑を並べている歩兵の列に突き刺さり、叫び声と動揺が森の静寂を破った。
どのような技を駆使したのだろうか、アシュレイは蹴り倒して無人になった馬に腰を据えると、凄絶に見える笑みを浮かべて追っ手一同にウインクを送った。
「それでは帝国紳士のみなさま方。ごきげんよう」