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LV103「神殿」

 ほどなくして蔵人たちは砂漠地帯を抜けた。四方は緑の森が続いており、なんとはなしに続く道はドンドン狭まっている。


 暑さもかなりのものだ。湿度は低いだろうが、頭上を照りつける日差しは蔵人の髪と思考をこれでもかというくらいに焼き殺してゆく。


 視点を変えて見ても無限に連なるような山並みが終わりもなくただ続いている。ゴールのわからない迷路ほど人の気をささくれ立たせるものはない。袖口で額の汗を覆うと蔵人は軽い立ちくらみを覚えて、自然と毒づいた。


「だーっ。あっちいな」


 喉が乾けば必然水が必要になる。蔵人たちは残り少なくなった水を噛むようにして飲み、残量を気にしながら、上に下にうねる草原の道を移動した。


「おい、なにかあそこにあるぞ」


 野原の途中に腐れかけた木製の標識を見つけたのは砂漠地帯を抜けて半日ほど経ったころであった。


「ううん、読めねえ。アシュレイ、わかるか?」

「ダメです。文字が古すぎて、すみません。お役に立てません」

「ジェシーは?」


「検索結果。データベースに該当言語は見つかりませんでした」

「我には聞かぬのか」


「わかるんか?」

「ふむ、わからんっ」


「胸を張って言うな。変な気になるじゃないか。おい、なぜ距離を取る」


「あなたがことあるごとにシェリルの胸を触ろうとするからですよ」

「……ふーん。夏の魔女も親切じゃない。方角はこっちであってるみたいよ」


 中腰になっていたリンジーがニヤリと笑いながら言った。


「わかるんか?」

「聖古代文字よ。千年も前のものだから、普通の人はわからないと思うわ」


 リンジーがあまりに常識であるという感じで断言するので蔵人はアシュレイたちの顔を見たが、彼女たちはふるふると顔を小さく左右に振った。


 ――マニアここに極まれるか。


 だが、それはそれとして蔵人ではどうあがいても解読できそうもないわけのわからぬ文様を読み解く知識量には素直に敬服できた。


「驚いた。マジで博識なんだな」


 パチパチと手を叩く。

 蔵人をはじめとして全員がリンジーに尊敬と驚きのまなざしを投げかけた。


「そ、そんなことないわよ。ふつーよ、このくらい魔道士としてふつーよ」


 リンジーはこのように畏敬の念を持たれることが得意ではないのか、照れた顔で横を向いた。蔵人はリンジーのうぶな反応にかわいらしさを感じニタニタした。


(たまらん。一発やりてえ)


 考えていることは外道そのものであるが、これは彼なりの愛情の発露なので致し方なかった。


「ンなことねーよ。謙遜すんなって」

「だ、だから褒めたってなにも出ないわよ」

「凄い! カッコイイ! 知恵者! 食人大統領!」

「やはは……」


 蔵人がここぞばかりに褒めると乗せられやすい性格なのかリンジーは照れ笑いを隠すように両手で自分の顔を覆った。


「食人?」


 シェリルは蔵人の言葉に疑問を抱いたのかちょっとだけ難しい顔をした。


「そうとわかれば急ぎましょう」

「右に同じ」

「はあ? ここらでちょっと一服をだな。だぁーっ。引っ張るなっての!」


 蔵人はなぜか機嫌を損ねた感じのアシュレイとジェシーに両脇を抱えられながら無理やり行軍を続けさせられた。






 その終わりは唐突に現れた。いまのいままで人工物がなにもない草地の丘を幾度となく超えている途中で、突如として巨大な神殿が現れた。


「たまげたな」


 蔵人としてそう言うしかほかはない。なにしろ、なにもない野ッ原のド真ン中に古代ギリシアのパルテノン神殿を思わせるような、雄大にして厳かな建物が出現したのだ。


「ここが夏の魔女が住む神殿なのでしょう」

「だよね」


 アシュレイの言葉にリンジーが杖を抱えながら不安そうに同意した。傷ひとつない神殿には豪壮な屋根がついており、肝の小さな人間ならば入るのをためらわせるような独特の威が備わっていた。


「んじゃいくべえか」


 ――もっとも蔵人には宗教施設を必要以上に畏れたり憚るような神経は持ち合わせていない。


 コンビニのドアを開けるような気安さで蔵人はズカズカと神殿に踏み入った。


「ちょ、ちょっとお! だいじょうぶなの?」

「なに言ってんだよ。入らねーと話が進まないじゃんか」


「ま、まあ、そおなんでしょうけど。あなたには気おくれとそういう言葉は……ないみたいね」

「ない」


 蔵人はまったく振り返らずスタスタと神殿の中に姿を消した。あとを追ってアシュレイ、シェリル、ジェシーの順に入ってゆく。


「リンジーさまはお入りにならないので?」


 ジェシーがなんら屈託のない抑揚で言った。


「行くわよ。ああ、もう、行くに決まってるじゃないの。ここまできたんだから!」


 神殿の中は広かった。外から見れば幾重もの柱が立っていたはずなのだが、中はがらんどうである。重たげな屋根のせいで強烈な日差しは翳っており、奥に進むに連れて肌寒さを感じるほどであった。


「暗いな」


 薄着であるシェリルは寒気を感じないのか平然とした様子であたりを見回している。


「この扉から奥に行けるようです」


 アシュレイが奥まった場所に地下へと通じる階段を見つけよく通る声で言った。


「よっしゃ、そんじゃあ。鬼が出るか蛇が出るか」


 蔵人が落ちていた材木の破片に火をつけて先頭をゆく。人が住んでいる気配どころか生命の欠片も感じない場所だ。静謐である。蔵人たちの足音以外にはなにも聞こえない。階段を下りきると蔵人は鼻の奥に焦げるような臭いを感じ一瞬顔を歪めた。


「ンだよこりゃあ」


 燃え立つような熱気と異常なまでの轟音――。

 蔵人は反射的に顔をかばって両腕を交差させた。


 目の間には、ボコボコと音を立てて真っ赤に燃えさかるマグマの海が広がっていた。


「あら、ずいぶんと遅いじゃないの。待ちくたびれたわ」


 その中心部に平然と立つ褐色の美女は嫣然と微笑んだ。


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