LV102「トゲトゲ」
「よっしゃ。そのポンコツは任せた」
「誰がポンコツかっ」
蔵人は纏っていた外套を走りながら外した。やや離れた地点にアシュレイが並走している。蔵人は刺又を構えて突撃してくるサボテンブロスの注意を引きつけるように長剣を振り回し吠えた。
「よしきたっ」
蔵人に狙いを絞ったサボテンブロスたちが一斉にトゲを放ってきた。蔵人は手にした外套を振り回しながらトゲを地面に叩き落とす。
一斉に蔵人のいるほうへと頭を向けていた隙を衝いて後方に回っていたアシュレイが飛びかかった。
「たあっ」
鋭い気合と共にアシュレイは無防備なサボテンブロスの背後を強襲した。修道服の裾を露に割って長く伸びるアシュレイの脚がサボテンブロスに叩き込まれた。
破壊のオーラを籠められた蹴りを受けたサボテンブロスたちは体内の水分が膨れ上がって面白いようにパンパンと音を立てて爆発した。
アシュレイを援護するようにシェリルが落ちていた刺又を拾ってサボテンブロスを殴りつけている。
「大丈夫なのか」
「刃物じゃなければ問題ないっ」
シェリルは棒術も得意なようで刺又を器用に旋回させながらサボテンブロスを引っかけると次々に転がしてゆく。
蔵人は反転すると向かってくるサボテンブロスに斬り込んでいった。長剣を閃かせながら旋回させて刺又ごとサボテンブロスを斬りつけてゆく。切断面から青臭い体液をびゅーっと吹き散らかすとサボテンブロスは青い魔石に姿を転じて消滅してゆく。
「よーくも乙女のお尻をやってくれたわねっ。ファイアウォール」
四つん這いになった涙目のリンジーが火の魔法を詠唱した。杖先から放たれた猛火が大小のサボテンブロスたちを一気に嘗め尽くしてゆく。
赤い炎の壁が走り去ったあとにはコロコロと輝く魔石が砂の上に転がっていた。
「なんとか全部倒したか。ん?」
蔵人が額の汗をぬぐっていると、岩陰から人の呻き声が聞こえてきた。
「リンジー。ケツが痛いくらいで泣くんじゃない。おまえの尻は脂肪が分厚いから平気だ」
「わたしはここにいるわよっ」
「ぬう。確かに逆方向に。すると、声の主は誰だ。セクシーなスナギツネか?」
呆れたようにアシュレイが額に手を当てているのを見て蔵人はようやくふざけるのをやめた。
――厄介ごとの気配しかない。
蔵人が注意深く岩陰を覗き込むと、そこにはミリアムの仲間であるホレイシオという男が全身をトゲだらけにして横たわっていた。
「ひっ」
リンジーが驚いた表情で後退った。
「サボテンにやられたのだな」
シェリルがホレイシオであったもののそばに跪いて脈を取りながら言った。
アバタ顔のまだ少年の面影を残していた男はカッと両眼を見開いたまま息絶えていた。
すでに冷たくなった身体は無数のサボテンのトゲが突き刺さり、生地の厚いローブが水に浸かったようにぐっしょり濡れていた。
ホトケの死臭を嗅ぎつけたのか、どこからともなく現れた青みががったぬらぬらとした光を放つハエたちがホレイシオの周辺を飛び回っていた。
「リンジー、スカベンジャーたちにホトケさんを食い荒らされるのは後味が悪い。焼いて、供養してやれ」
「う、うん。任せて」
蔵人はホレイシオの髪の一部を切り取るとリンジーに遺体を焼かせた。火の魔法がホレイシオであった骸に放たれる。ボッと威勢のいい音を立てて火の壁が人の背の高さにまで燃え上がった。
瞬間――。
ホレイシオであった骸はたちまちに土の人形となってもろくも崩れ去った。
「これは、ゴーレム?」
祈りを捧げていたアシュレイが口元に手を当てた。
「うっそ。まさか、こんな精巧なゴーレムをあの子が?」
「わからなかった」
リンジーとシェリルが呆然とした声を出す。
ただ、ジェシーだけがオートマタであるだけになにか思うことがあったのだろうか、目を伏せて蔵人も理解できない土地の古語で祈りを囁いていた。
ミリアムは誰にも人造人形であると悟らせないほどのゴーレムを作りだす技術を持った魔道士である。
おそらくは、姉であるリンジーもまったく理解できない術をまだまだ隠し持っているには違いなかった。
(ある程度は覚悟していたが)
そのようにミリアムの技量を読んでいても、どのような対策も立てられないのがいまの蔵人であった。
「……急ぐぞ」
ただ、進むしかない。
自分たちのほうが先を行っていると考えていただけに一行のショックはそれなりのものであったが、歩を止めるわけにはいかなかった。