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LV100「おまえを肉奴隷に」

「しつけーな」


 かなり距離が離れているというのに大きく見える。シリケンドラゴンが木々を薙ぎ倒しながら距離を詰めると異形さが理解できた。


 彼は沼地で倒したボスドラゴンよりもはるかに巨大な個体であった。


 先ほどの恐怖が蘇ったのか、ミリアムの仲間である魔道士たちが一斉に表情を引き攣らせた。

 無理もない。


 巌のようなシリケンドラゴンは規格外というべき大きさなのだ。


「随分な自信ですね。しかし、仲間の数はそちらのほうがひとり少ないので不利なのでは」


 アシュレイはそう言うと素早く身体を反転させた。

 シリケンドラゴンに向き直って構えを取る。


「ご心配いりませんわ。そもそも、わたくしひとりで充分ですもの」


 そう言うと、ミリアムは手にした杖からほとんどノーモーションで魔法を発動した。


 冷気のうずは、氷の結晶であたりを埋め尽くしながらシリケンドラゴンにまとわりつくと青白い光を放った。


 目を開けていられないほど強烈なスパークが蔵人たちの視界を襲った。


 強烈な光を浴びると人間は本能的に身体を硬直させる。蔵人はあらゆる苦痛や魔術の痛みに耐えてきたが、生理的な反応は生物として抑えることができなかった。


 スパークが最高潮に達した瞬間、巨大なシリケンドラゴンは襲いかかろうとしたまま後ろ足立ちの状態で完全に凍りついた。


 一拍置いて、その巨体は甲高い破砕音を奏でて虚空に散った。


 氷雨のようなシリケンドラゴンの残骸が蔵人たちに降りかかる。ほぼ同時に、シリケンドラゴンだったものの欠片はキラキラと明滅すると、巨大な蒼い宝石に転じて土の上に転がった。


 ミリアムは長い杖を抱えたまま「どうよ」とばかりにその場をくるりと回ってみせた。






 ――なるほど。力を隠していたのか。


 沼地でシリケンドラゴンの群れに襲われ窮地に陥った光景も、恐怖に怯えていた表情もすべては演技であったのだ。


 一杯食わされて気が短い蔵人が面白かろうはずもない。ミリアムに向かってゆっくりと歩み寄る。忠犬面をしたエリックが阻もうとするが、再びミリアムに制された。


「最初から賭けに持ち込むつもりだったのか?」

「それは言わぬが花。でも、こうでもしないとお姉さまは勝負に乗ってくださらないんですもの」


「わかった。勝負は乗った。アシュレイよりも先におまえさんが先に試練を突破できたらリンジーはくれてやらあ。煮るなり焼くなり好きにしろい」

「ちょっ!」


 リンジーが素っ頓狂な声を上げた。


「ただし、俺たちが勝ったらミリアムちゃん。おまえさんは俺たちパーティーの奴隷だぜ」


「いいでしょう。わたくし、負ける気はさらさらありませんわ」


「ずいぶんな自信だな」

「負けた場合はどのような命令も終生聞き続けますわ」


 ゾッとするような目。蔵人は右腕に這い上る冷気を感じて片眉を上げたが、ときはすでに遅かった。ミリアムの放った魔法で拳から二の腕あたりが青白い氷の薄い皮膜で覆われていた。


 無理やり動かそうとすると、凍りつている青い腕の中から強烈な痛みが走った。焼けた火箸で無理やり抉られているような、芯から響く部類のものだ。声を上げずにがちりと奥歯を噛み込んだ。蔵人の額にみるみるうちに脂汗が浮き出してくる。蔵人は強烈に顔を歪めて痛みを噛み殺す。呻くのを我慢するのが精一杯であった。


「なんだ。案外、手ェが早いじゃんか。お嬢ちゃん」

「クランド――!」


 アシュレイが異変に気づいて鋭く名を呼び、躊躇なくミリアムの顔面に右脚を叩きつけた。


 まともに喰らえば顔面の中央が回復不能なほどに陥没する力を込めた致命傷レベルの一撃だ。


 だが、アシュレイの廻し蹴りはミリアムの身体を捉えたはずが綺麗に空振りした。


 ミリアムは自分の身体を幻影に変えて、すでに離れた小高い場所に立っていた。


「おや、怖いですねアシュレイさま。そのような男がよほど大事と見えますわ」


「そこを動かないでください。いますぐ、その両腕を叩き折って差し上げます」


 アシュレイが猛獣のような形相で呼気を吐き出しながら前傾姿勢になる。


 ミリアムとの距離は相当に離れている。

 だが、ミリアムが魔法を詠唱するよりも先に打ちかかれる自信がアシュレイの全身から噴き出す闘気からありありとわかった。


「おい、アシュレイ」

「なんですかクランド」

「あのな、アシュレイ」

「だからなんだというのですかクランド」


「頼むから、アシュレイ」

「止めても無駄ですよ。この女は許せません」

「いや、腕」

「え、は――!?」


 蔵人は凍りついて異様な色に変化した右腕を見せつけるように振った。


 最初よりもはるかに酷い傷でありアシュレイは度を失ってわなわなと唇を震わせた。


「あ、あああ。は、早く治療を!」

「まあ、それはともかくだ」


 蔵人は飛びついてきたアシュレイの顔を無傷である左手でわっしと掴んだ。


「条件はそれでいいんだな」

「本気ですの」

「ハンデだよ」


 蔵人は脂汗がびっしり浮かんだ額を左の肘で拭うと野太い笑みを浮かべた。ミリアムは苦痛を受け流す蔵人を見て、決意が並々ならぬものとだと知るとあるかなしかの笑みを引っ込めた。


「言っとくが俺はやるときはマジだ。半端はしねェ。泣こうが喚こうが貫徹する。リンジーが泣いて止めてもおまえが奴隷になったら躊躇なく、ものすんごいことをおまえに強いる」


「どうやらお姉さまを取りもどす前にはあなたに力の差を決定的に知っていただかなければならないようですわね」


「そういうこった」

「ここで手っ取り早く決着をつけますか?」


「四の五の言わずそれが早いんだろうが、一応は筋を通そう。それにミリアムちゃんよ。おまえさんは俺だけを気をつければいいと思ってるんだろうが、だったら酷い思い違いだ」


 ミリアムは怪訝そうに眉根を寄せた。


「アシュレイもリンジーもジェシーもシェリルもスゲェ仲間なんだ。舐めてっとヤケドすっぞ」



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