「近所の評判と真実の狭間」
第9話「近所の評判と真実の狭間」
夏草や兵どもが夢の跡と詠んだのは誰だったか?
初夏の日差しに勢いを増す路肩のアスファルトから葉を伸ばす麦科の雑草たち。
お世辞にも見栄えの良い風景とは言えない。
そんな鬱陶しい雑草を根っこから片付けてくれる親切な青年が居る。そんな風にタロウの実験サンプル採取は誤解されたまま、ご近所さんなど年配住民からの評判はうなぎ登り。
刈り取った雑草を自宅アパートに持ち帰っては、デス・スメル無効化に必要な燃焼時間や火力を試験する為だなんて誰が想像できましょうか。
スーパーや居酒屋で、芋料理やラガーを購入し、飲み食いしては雑草を置いた新聞紙の上にデス・スメルを放つと同時に安物のライターで燃やしてみると言う、馬鹿みたいな実験を開始して三日目。
一発当たりのオナラの量にムラがあるので、なかなか上手く適切な発火燃焼時間を計測するのが困難だった。まるで前例がない発明に取り組むマッドサイエンティストの所業!
こんなしょうもないことの為に、草刈り鎌、百円ライター、ゴミ袋、新聞紙、ストップウォッチ、原料の飲食代など、来月の給料日までの生活費を節約せにゃならぬ痛い出費が発生してしまった。
今日も今朝から、近所の路上脇の雑草採取に汗を流すタロウさん。
「やあ、今日も路上清掃ご苦労様」
「いや、ええ、まあ、はい。暑いですよね~」
雑草採取を始めてここ数日。
道行く高齢者の皆様から温かい労いの言葉をかけてもらったり、スポーツドリンクの差し入れがあったり。
傍目に善行と映る作業に精を出すタロウのご近所の評判は「今時、街の景観を良くしてくれる関心な若者が居る」と大好評の内に継続中。
まさか死の魔術の実験用サンプルを集めてますなどとは口が裂けても暴露できない。
このところ、食生活は実験の為に炭水化物多目の献立で、ついでにラガービアを呑む回数も増えたので、デス・スメルは一日当たり平均5~6発は大きめのを放てるようになった。
本日も草むしりでかいた汗をシャワーで流すと、部屋着に着替えて、お尻の近くにライターを構えて、新聞紙を敷いた床の上の雑草目掛けて勢いよくデス・スメルを放つ。
「ブブウ~、ブッ、ブウゥ~!」
今日のデス・スメルの量は、こいた感じレベル3とタロウが勝手にランク付けした中の上くらいの量。お尻の辺りで構えたライターを着火燃焼させる時間は、昨日までの記録を元に算出するとおよそ3分程度と言った具合だ。
新聞紙の上で、デス・スメルを浴びた雑草が、若干、黄色くなった。
レベル3デス・スメルの無力化には3分間の燃焼では少し足りないかもしれないなと、デス・スメル実験日記なる一見なんのこっちゃなタイトルの大学ノートに、細々と記録を残すタロウの自筆の走り書き。
本人には読み易い文字なのだが、ペン習字を習った達筆な友人と比べて、綺麗な字とは言いがたい。
まあ、デス・スメルの記録ノートなんて術者本人さえ読めれば問題ないし、余所様に公開するような自慢できる実験記録じゃないので、それはタロウも気にするべき点ではない。
「えーと。今の勢いのオナラで3分は少し足りない感じかな?どうも、こいた感覚と実際のオナラの総量の誤差が安定しないな。ライターのガス代ケチって、デス・スメルの無力化を失敗するより、少し長めに火で炙って、確実に燃やし切った方が安全かもなぁ」
デス・スメル無力化実験の日々は困難を極めた。
飲み食いした原料が、腸内フローラにより便やら尿やらメタンガスやらに生命の営みを待って加工される間。
例えば就寝中などにうっかり無駄にこかないように注意しなければいけないし、雑草採取にしゃがむ姿勢を取る際にも、通行人を巻き込まないように、デス・スメルを漏らさないよう、下半身の筋肉が緊張しっぱなしの状態も続くことから、地味な仕事でも結構な体力と忍耐を要求されるのだ。
◇◆◇
実験開始から一週間が経ち、先日、警察から事情聴取をもう一度させてほしいと出頭願いの連絡がセイジ・タバタさんからタロウの携帯にあり、折り返しで入れた電話にて指定された日時が迫っていた。
三食の献立を、炭水化物控え目に切り替えたのが三日前。
実験の効率低下もこの際、致し方なし。
アパートの一室に雑草がいっぱい入ったゴミ袋を持ち込んで何かやってることは、今のところ大きな騒ぎにはなってない。
ただ、自治会が管理するゴミ集積ボックスの中に枯れ果てた雑草がぎっしり詰め込まれたゴミ袋が廃棄されていることを、掃除当番の回ってきたご家庭の誰かが不審に思っている。
草刈りしてゴミ袋に入れたなら、わざわざ枯らして廃棄するより、刈ってすぐそのまま捨てた方が楽だろうに、たかが草刈りに妙な一手間加える住民がいるのは、常識的に考えて理解に苦しむ。
実験を始めたタロウさんのご近所の評判は、今時珍しい清掃ボランティアを進んで行う善良な市民と言うものと、黄色や茶色に枯れた雑草をいっぱい廃棄する怪しいアパートの住民と言う二つの狭間で割れていた。
「さて、そろそろセイジさんと約束の時間が近いな。出す物出したし、今日の実験はこれくらいにして、出かける準備しなきゃ」
一人ごちるタロウは、外出の為に、部屋着の青のジャージ上下を脱いで、トランクス一丁の姿になった。タロウはブリーフ派とトランクス派で分類するならトランクス派だ。別に、股間に変な自信があるわけじゃないが、窮屈なブリーフ派とは一生わかり合えない気がする。
まあ、それはこの際、一人住まいの男臭い空間に置いといて、通勤用の私服である、ゆるキャラと英文がプリントされたTシャツにデニムパンツと言うラフな格好に着替える。
その上に、釣り師が着るような、ポケットが多めに遇われた薄手のベストを羽織り、各ポケットのそれぞれに自宅の鍵と自転車の鍵、二つ折りの革財布、デス・スメル無力化用ライター、ハンカチにポケットティッシュを収納し、忘れ物がないか確認してから、少し履き潰れたスニーカーを履いて警察署に出頭することにした。
「ああ。早く事故の処理終えてもらいたいなあ。収入も減るし、生活は少し苦しいし、デス・スメルで誰か殺しちゃったら洒落にならないし・・・・・・」
ぶつくさ不平不満を漏らすタロウは、玄関の施錠を済ませると、自転車に跨がる。
ペダルを踏む足に力を込めつつ、また油をこってり絞られるだろうなと取り調べでのあまりお尻に優しくない時間を想像し、暗鬱な気持ちで警察署に向かうのだった。