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「敵の尻、己の術」

第7話「敵の尻、己の術」


「初めて出会った頃から私が成人するまでアルお父様は、時には厳しく、時には熱心に、そしていつも優しい笑顔で私に魔術のイロハを伝授してくれたの。もちろん、他人に危害を加えるような邪悪な術式に関しては一切教えてくれなかったわ」


 公園のベンチにタロウと並んで腰掛けるハナさんは、手にしたステッキの先で地面に『の』の字を書きながら、つい先ほどまでの放火や殺人未遂を棚に上げる身の上話を続けた。


「ふ~ん。まあ、アルお父様?の判断は賢明だったかもだねえ。こう言っちゃなんだけど、事故死したアルさんの件は、警察の捜査が済むまで落ち着いて待つべきだったと思うよ?」


 命を狙われたタロウも、こうして遺族が直に恨み辛みを吐露して、復讐にやって来るなんて思いも寄らない急展開だったので、クールダウンしてくれたハナさんに同情と陳謝の思いで接する。


「うっさいわね!私にとっての家族はアルお父様だけだったし、私は偉大な父の死の真相と法の裁きよりも、この手で貴方に魔術師の流儀で復讐することで頭がいっぱいだったの!最近、里帰りできてなかったし、お父様が何か悩んでいたらしいって警察は教えてくれたけど、とにかく私の本当の家族はアルお父様一人で、それが突然冷たい遺体になって・・・・・・うっうう、グスッ」


 親の仇を火あぶりにする流儀なんぞ脳内ゴミ箱フォルダに捨ててほしいなとタロウは思った。


 込み入った話を聞いてたら、ハナさんが思い出し泣き始めてしまった。


 会って間もない女性の涙に、ばつの悪い気持ちになったタロウは、ジャージのポケットに持ち合わせがあったフェイスタオルを取り出し「これで涙を拭いて良いよ」とハナさんに手渡した。


「うん。ありがとう。フビー!」


 涙は拭いて良いけど鼻をかむのは遠慮してほしかったが、まあこの際それは許してあげよう。


「で?なんで魔術で復讐しようって話に繋がるのさ?警察からあの爺さんの死は事故死って説明されなかったのかい?」


「それよ!アルお父様の遺体には死の呪法の痕跡が微かに残っていたの!魔術に疎い警察の鑑識やら司法解剖医とかは、簡単に病死だと断定したらしいけど、アルお父様の遺体は確かに魔術で殺害された痕跡が感じられたの!」


 ギク。と警察にも内緒にしてた魔術習得済みの事情を遠回しに図星を指されて冷や汗が額に浮かぶタロウ。


「ばばばば、馬鹿言っちゃいけないよ。さっきの火の玉魔術を避けていた時も、俺は魔術なんかてんで素人な反応だったろう?確か三日前の夜にマジックショップでしょうも無い商品を売りつけられたけど、俺は死をもたらす魔術なんて全然知らないし、魔力とか意味わからないものにも縁がない冴えないおっさんだよ!?魔術でお父さんを殺めるなんてできる訳ないじゃないか!」


「そうなのよねえ~・・・・・・今の貴方から魔力のかけらも感じられないのに、なんらかの呪法との契約完了の気配だけ感じるから、私は貴方が名も無い雑魚魔術師か何かなんじゃないかって目星をつけてるんだけど。ねえ?本当に魔術を一つも使えないの?魔術を使えない加害者がお父様を魔術で殺害したなんてつじつまが合わないのよ。今、マジックショップで何か買わされたって言ったけど、それって何?商品名は?」


 タロウはうかつにも警察に黙ってたここ最近で一番の失敗談の一部をポロッと漏らしてしまった。


 まあ、相手は魔術のプロのようだし、タロウとしても魔術業界の人に相談したいとは思っていた。

 

 この際、自分が死の魔術を放てると言うことを遺族に知っておいてもらった方が、ハナさんの身の安全の為にも良いだろうと覚悟を決め、こっそり伝えようとタロウは思い至った。

 

「ものすごく恥ずかしいから口外無用の内緒の内緒の話にしてね?」


 ハナさんの三日月型のイヤリングが下がる耳に「本当に内緒にしてね」と前置きしてから羞恥にもじもじと耳打ちするタロウ。

 

「何よ?勿体ぶって」


「・・・・・・あのね。俺、デス・スメルって魔術を習得しちゃったんだ・・・・・・」


 タロウが告白した魔術は、その道に明るいハナさんにとって初耳な上、魔術通販のカタログにも載ってなかった正体不明な魔術名だった。


「はあ?デス・スメル?そんな魔術は聞いたことないわ。デスって頭についた魔術は有名どころだと、一つ数千万ドルする『デス・クラウド』とかは知ってるけど、死をもたらす魔術はすっごく難しいから、貴方みたいな魔力を感じられない馬鹿においそれと習得できる呪法じゃないのよ!?」


 綺麗な形の耳を疑うハナさん。


 タロウは、頭を抱えベンチでうずくまって「それがね・・・・・・ワンコインで買えちゃったお手軽魔術なんだ」と白状した。


「人が真面目に聞いてれば冗談はやめてよ!一体どんな魔術なのよ?いいわ。私も魔術師の端くれだから、後学の為にも一回見せてちょうだい」


「うーん。ちょうど今、オナラ出そうだから体験してもらうことはできるかもだけど、マジでしょうもない上に、俺のデス・スメルは嗅ぐと死に至るオナラの魔術だから、ハナさんを殺すわけにもいかないし、ちょっとご要望には応えられないかなぁ~・・・・・・」


 タロウが恥を忍んで暴露した小っ恥ずかしい魔術の内容を聞いたハナは「五感攻撃系魔術ですか・・・・・・ふむ、オナラの魔術な訳ね?」とタロウの悩みの種をなにやら専門家らしく分析してくれた。


「オナラを介した魔術ならば、正体は、貴方の腸内のメタンガスに付与された呪法と見たわ!丁度、私も魔力が回復した頃合いだし、風下でデス・スメル使ってみてよ。私の手持ちの魔術で無力化できるかもしれない」


 ハナさんから思いも寄らない有り難い申し出があったので、タロウは抱えた頭を上げ「マジで?無効化できんの?もう、オナラ我慢しなくて良いの?」と顔を輝かせる。


「まあ、確証を得た訳じゃないから、術式から推測の域はでないけどね?ちょっと、離れて立ってオナラしてみてよ」


「うん、まあ。我慢もしんどいし、出して良いなら出せるけど、どうやるの?変な魔術じゃないよね?これ以上、変な魔術に巻き込まれるの嫌だからね?」


 肛門からデス・スメルが漏れないように静かに立ち上がったタロウに続いて、ハナも静かに立ち上がると、ステッキをくるくる回しながら距離を置いてタロウの風上に立った。


「そっちの準備できたらデス・スメルとか言うの出して見て。こちらはいつでも行けるから」


 と、ステッキをタロウに構えるハナ。


「ああ、わかった、行くよー。俺のデス・スメルって呪文いらないから、オナラの音がしたら対応お願いするよー!」


「ええ、わかったわ。それにしても変な魔術覚えたものね」


(本当に大丈夫かな?まあ、相手は魔術のプロっぽいし任せるか)


 一抹の不安を残しつつ、タロウは尻を突き出したポーズで肛門に力を込めて「バブ!ブウゥゥゥ~ウ!プス!」と元ラガー&ジャガイモ料理のなれの果てな気体を放出した。


「今ね!サッカーボール・ゲートボール・ファイヤボール!!!」


 タロウの意表を突いた形で、ベストタイミングで本日四回目の幾分小ぶりなサイズのファイヤーボールがハナのかざすステッキの先端から放なたれた。


 今回の火球は速度は少し遅い上に進行方向が若干タロウの尻の先だったので、驚いて飛び退くことはできた。


「ん?ええ!?またそれ!?」


 するとどうでしょう?


 すーっと飛んで来た拳大の火球がタロウのデス・スメルに触れたか触れないかの地点で「ボ!」と、何かが燃えてかき消える。


「思った通りね。どう?まだオナラ臭い?」


 タロウは、ハナに促され嗅覚を頼りに、オナラした辺りを嗅いでみた。


「臭くない・・・・・・臭くないよ!何?今のでデス・スメルは無力化されたの?本当に?」


 目を丸くするタロウの問いに、ハナはふんぞり返って胸を張って答えた。


「貴方みたいな素人でも聞いたことくらいはあるでしょ?オナラって燃えるのよ♪」


 したり顔のハナさんの自信満々な発言とは対照的に、呆然と夜風に吹かれて立ち尽くすタロウさん。


 やがて、一台のパトカーがサイレンを鳴らしながら公園の入り口付近に駆けつけた。


 ハナさんの常識外れな行為に変わり果てた公園の騒ぎが、ご近所さんから最寄りの警察署へ通報されたのだった。


 







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