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「遺恨相続」

第5話「遺恨相続」


 警察署のトイレの換気扇に助けられたタロウは、入念にこいたオナラことデス・スメルの効果終了まで、自分の嗅覚を頼りにトイレに立てこもらざる得なかった。


 トイレに長居すると、小学校などではあだ名がウン○マンになってしまうことがよくあるが、それは社会人となった今のタロウにとって『警察署トイレで変死体発見』と言う三面記事を飾るかもしれないリスクに比べれば比較しようのない話だ。


 事情聴取の取調室と言う密室での苦しく情けない『オナラ死野の戦い』に見事勝利したかに見えたタロウ.


 我慢の限界からデス・スメル発動回避に全力を注ぐ家路の途中で、一回だけ人気のない児童向け公園の草むらの陰で、いろんな意味でガス抜きをした。


『尻狭間の戦い』とタロウ歴に残る戦後処理である。


 するとどうでしょう?

 

 オナラをこいた周辺の常緑樹の青い落ちるはずのない葉っぱが全部落ちてしまうと言う器物損壊の罪に問われそうな現象を引き起こした。幸いにも風下には誰も居なかった。


「またつまらぬものをこいてしまった」


 などと涼しい顔で、しかし足早に公園を後にしたタロウだったが、自称・善良な一市民として公共の場所で無益な殺生に繋がるデス・スメルのガス抜きによる甚大な被害。


 我ながらデス・スメルの威力が恐ろしいので、少なくとも屋外ではもう二度としないと堅く誓った。

 

 名も知らぬ何かの命を奪うことに対し、良心の呵責に苛まれ、心底いたたまれない。


 アメンボだってオケラだったみんなみんな友達なんだとまで言うほど友達付き合いの相手に困ってない。

 しかし、ちょっとした生き物たちの命も粗末にしない正義の末端労働者でもあるタロウさんは平均男性より根性無し。


 だが、いくらか良心の持ち合わせは中の下くらいあった。ほぼ、あってないようなものとか言ってくれるな、お民さん!(誰!?)


 駐輪場の白線に対し乱雑に駐めてあった通勤用の一台1万円の防犯登録済み自転車にまたがり、帰路を急ぐタロウの括約筋は、サドルと肛門の圧力と刺激にも負けず、デス・スメル発動防止に奮闘中。


 見慣れた通勤経路も、今となっては内緒でオンリーワンで良いとか言う超魔術に、赤の他人や野鳥やミミズを巻き込み兼ねない地雷原に近い危険な道となってしまった。


 公園の一角の植物と昆虫などの命を奪ってしまったこと。昨晩の不審者の命を奪ってしまったかもしれないこと。警察署の取調室と言う密室で前途有望な人材殺害事件を起こさずに済んだこと。


 この二日間で起きた出来事を思い返しても、何が一番恨めしくも情けないかって、誰にでも簡単に習得できるオンリーワンの即死魔術なるものを発動させないなんて、かなりしょうも無い我慢を強いられる孤独感がタロウの食生活に悪影響を与えている点だ。


 なるべく腹にガスが溜まらない献立の食生活を選択せざる得ない。


 そう。大好きなドイツ産ラガービールをお預け食らうのが何より辛かった。


 駄目と言われると無性に飲み食いしたくなる料理やラガー。


 「今日くらいは良いか・・・・・・家呑みなら大丈夫さ」


 タロウはお財布の中身を暗算しながら寄り道を決意した。


 タロウが給料日に通う居酒屋は、座席数の少ない立ち呑みスタイルのこじんまりした狭いお店だ。


 お店の異国情緒あふれる調度品に囲まれ一杯やるのも捨てがたいが、ラガービアを注文して元ラガービアの馥郁たる炭酸ガスだったものを、尻からデス・スメルとして放出してしまおうものなら、居合わせた店主は疎か、顔なじみの常連客の命まで天に召されてしまう。


 ありがたいことに、タロウの通う居酒屋はテイクアウトサービスも受け付けており、とりあえず今晩の酒と肴にと、大好きなキンと冷えた瓶入りラガーを一本とピクルス盛り合わせとジャガイモのグラタンを買って帰ることができた。


 すっかり夜の帳が降りた頃、タロウは自転車でようやく帰宅した。


 タロウが賃貸契約交わして六年目の住処は、木造二階建てながらも耐震設計十分な安心安全優良アパート。

  

 六畳一間トイレキッチン風呂付き、洗濯機の水道代大家さん持ちな、独り暮らしにはありがたい物件で、リビング兼寝室な六畳間は階段を上がって奥の日当たり良好な角部屋だが、ちょっと大家さんには見せられない程度に、玄関ドアの内側は大雑把に散らかっている。


 仕事先での不審者の事故死な事件が気になった小市民兼死の魔術師タロウ。


 コンビニで買ったスポーツ新聞によれば、三面記事の隅に少し載ってるくらいの騒ぎにはなっているものの、実直ながら肝っ玉がいまいち据わり足りないタロウの性格を慮ってくれた警備会社の上司の計らいで、あまり大事にならず小さく報じられている。


 タロウが手にした人気スポーツ紙の社会面を飾るには刺激の少ない内容だったことも手伝った。


 ほら、そこの貴方も『屋上で後期高齢者が不審死』って字面をいくら大きくしても「ああ、またお迎えが来たのね?」としか思わないでしょ?


 いや、失礼しました。お年寄りは大切しよう。おばあちゃんの皺袋だって、昔は巨乳だったかもしれないし、人も犬も猫も木も草も虫も、果ては数多の星々すら老いには勝てないのですよ奥さん?


 まあ、ろうそくの火が一本終わらせるのにオナラで命の灯火を奪うのは失敬でした。


 とりあえず、タロウさんは帰宅すると、安普請な印象のカビが少し生えたシャワールームで、先ずは一日の汗を落とし、バスタオルで体と頭髪から乱暴に体表の水分を拭って部屋着に着替える。

 

 テーブルに並べた買い物袋からあれこれ取り出すと、先ずは慰めのラガーを一本開けてお気に入りのグラスへ注ぐ。黄金色の魅惑の液体で満たされて行く過程を堪能する。


 そしてジャガイモのグラタンをフォークで口に運び、柔らかなチーズの香りとジャガイモの少しねっとりした食感を楽しみ、そこにグラスに注いであったラガーを流し込んだ。


 ああ、至福の時よ永遠に。喉がほどよい刺激と芳醇なホップと麦芽の香りを十二分に堪能し喜びの感覚を脳にほろ酔いモードへと切り替えてくれる。


 「かあぁぁぁ~!この為に生きてるよね!」


 たった二日間でシリアルキラー並みに生命を奪った者の発言としてどうかと思うが、それらの殺生はタロウの意思とは無関係の事故である。事故の加害者相当の身分でも、心のオアシスを求める権利くらいは許されて良いじゃありませんか。


 タロウはスポーツ用品大手メーカーのロゴが入ったジャージを部屋着にしている。洗濯物を増やしたくないと言う理由から、同じデザインのジャージを三着色違いで着回している。


 こういったファッションセンスの無さもまた独身生活の気の緩みと言えるだろう。


 付け加えるならば、ラガーと芋料理と漬物を摂取してしまったタロウは、見た目以上に気持ちも括約筋も緩んでいた。


 「バフゥゥゥ~・・・・・・プリ!」


 取調室での慣れない証言を繰り返すと言う労苦を思い返して、尻もため息くらいつきたい心持ち。


 なんとも気合いのないデス・スメルが尻から漏れた。


 ああ、漏れた・・・・・・じゃない、換気せにゃ!と、窓を開けてプラ製の下敷きでパタパタしてる、屁をひって面白く無しの独り者なタロウさん。


 独りきりの時くらい好きにオナラをこきたい。安らぎの一時は長く続かなかった。


 ドンドンドン!と、突如、何者かがタロウの部屋の玄関ドアを乱暴にノックしたのだ。


 「コラー!タロウ・ライトニングー!居るのはわかっているんだぞ!出て来ぉぉぉおい!!!」


 「誰だこんな夜更けに近所迷惑な・・・・・・」


 デス・スメルの効果が消失しているか未知数ながら、作業を中断する。


 若干酔いが回ったタロウは、招かれざる客を訝しがりつつも、ドアを開けて応じる前に、肛門からガスが漏れないように気を引き締めた。


 「はいはいはい、今出ますよ」


 お尻は出さないので一等賞じゃないタロウをフルネームで呼び出す相手は、少し低めのウィスパーボイスな中性的な声色。


幼さも残る感じの声でもあったのでドアを開けるまで性別年格好はわからなかった。

 

 男かなと思って応対するつもりだったタロウは意表を突かれる。


 「やっと出てきたわね人殺し!」


 夜間の招かれざる客は、藪から棒に悪態垂れるタロウより若い感じの女性だった。


 出で立ちは、ぱっと見、家庭教師か保険の外交員と言った風のフォーマルなスーツ姿で、膝上くらいの丈のタイトスカートから伸びる脚線美がなにやらセクシーな印象。


 暗がりでも艶やかな烏の濡れ羽色なウェーブのロングヘアが魅力的な、眉目秀麗の見本のような美女だった。


 美女は美女なんだが、その服装の上に漆黒のマントを羽織っているのがマイナスポイントだ。


 「あのー・・・・・・どちら様で?保険も新聞も宗教も間に合ってますんで、近所迷惑なんで静かにしてくれません?」


 つっけんどんな塩応対するタロウの不躾な態度を意に介さず、夜間に傍迷惑な声量で、黒マントの乙女は訪問理由を告げる。


「貴様がタロウ・ライトニングだな!昨晩は、よくも父の命を奪ってくれたな!我は偉大な魔術師アル・マーゲドンの養女にして後継者!ハナ・マーゲドンだ!」


 ああ、納得。


 昨晩、タロウのデス・スメルでお亡くなりになった不審者の身内さんらしい。


 「すみません。人違いです。さようなら」


 面倒くさいのでドアを閉めるタロウ。


 「おいこら!ふざけるな!表札にタロウ・ライトニングって書いてあるぞ!立てこもるつもりなら、良いだろう!父の仇のアジトを我がファイアーボールで焼き尽くしてくれる!」


 「ちょ!ちょま!馬鹿やめろ!はいはいはい!立てこもりませんから!その火災保険適用外な感じの魔術はマジ勘弁してください!」


 慌ててドアを開けてハナなんとかドンだかの口を塞ぎにかかるタロウ。


 「もが!ちょっとぉ!いきなり呪文の詠唱を邪魔しないでよ!魔力が不安定になって生理不順になるじゃない!あん・・・・・・もう変なとこ触らないで!セクハラで訴えますわよ!」


 押し問答の最中、ラッキースケベでハナ嬢の形よく膨らみを持つ胸の辺りを一回だけ揉んでしまったが、今はそんなこと構ってられないし、いちいち覚えてないし、ちょっと懐かしい感触だったし。


 「うるせえ!こっちは近所迷惑で警察呼ぶぞ!この町は迷惑行為防止条例適用都市の一部だから、不審者がガタガタ騒ぐなら放火未遂で訴え返してやる!」


 深夜のアパートの玄関先で口論の末、放火未遂とセクハラ疑惑の通報が入って不利になるのはどちらか?

 

 法に明るくなくても、なんとなく放火未遂側が分が悪いのは、ハナ・マーゲドン嬢も察したらしく、振り上げた拳を下ろし、初対面から幾分かトーンダウンした口調で「ちょっと話があるから場所を変えましょう」と、マントを翻し、タロウに不要不急の外出を指図してきた。


 「・・・・・・ったく。仕方ねえな。近くに公園がある。なんの話か知らんが、少しだけ付き合ってやるよ。ハナ・・・・・・誰さんだって?」


 外出の為にサンダルを履いて玄関の戸締まり確認中のタロウの問いに、先を行く乙女は、肩越しに振り返り「紅のハナ・マーゲドンよ」と改めて手短に名乗った。


 ◇◆◇


 タロウとハナ嬢が話し合いの場所に選んだ近所の公園は、ボール遊び禁止な児童遊具が点在する、林や噴水などが整備された、ちょっとした近隣住民の憩いの場である。


 公園中央の少し開けた空間で、約5メートルくらい距離を取って対峙するタロウとハナ嬢。


「で?話ってなんだよ?」


 ぶっきらぼうに問うタロウの態度を不遜と受け取ったハナ嬢が険しい表情になり形の良い唇の口火を切った。


「しらばっくれないで!タロウ・ライトニング!貴様が我が父!アル・マーゲドンを殺害したのは、魔術ギルドの魔力速報で、既に、このハナ・マーゲドンも知るところとなっている!貴様は、あの優しく偉大な父の仇だ!父ほどの強大な魔力の持ち主をどう殺めたかはわからないが、我は貴様に報復する為に禁忌とされる攻撃呪文を通販で購入して習得したのだ!」


 おい通販。そんな怪しい業界でも禁止されてる攻撃呪文を、こんなヒステリックな遺族に販売するなよ。


 「何だよ?『まりょくそくほう』って?ああ、頼むから一人で盛り上がって大声出すなよ!あと、アンタのお父さんの死は事故だから。お咎めなら警察や裁判所できっちり受けますから!頼むから、ちょっと静かにして!」


 厄介事が続く上に、怪しい女性に命を奪われては敵わないと慌てるタロウに構わず、何事かブツブツ短く唱えるハナ嬢が、どこから出したのかステッキの丸みを帯びた先端をかざして「食らえ!ファイヤーボール!!!」と叫んだ。


 ステッキの先端で、空気と魔力の混合燃焼物体であるその火球がタロウ目掛けて放たれた!


 ボール遊び禁止の公園で、ファイヤーボール遊びする危険な乙女=ハナ・マーゲドンによるタロウとの決戦の火蓋が切って落とされた瞬間だった。


 


 


 


 



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