「炭水化物は大事でおおごと」
第2話「炭水化物は大事でおおごと」
古人曰く、安物買いの銭失い。
昨晩の買い物の内、給料から来月の給料日までの口しのぎ分やら光熱費やら差し引いたお金は、一部は大好きなラガービールとなって、胃袋から小腸、大腸、肝臓、腎臓から膀胱へと生命の営みに従って水分と老廃物は尿へ。
芳醇なるラガーの名残があくびと一緒にアセトアルデヒド臭い体臭に変換されたのはいつものこと。
問題は、酒に酔った頭で足を運び、アルコールで頭が回ってなかった分を差し引いても無駄な買い物だったように思えてならないマジックショップから提供された『デス・スメル』なる商品。
マジックショップってタネも仕掛けもある、『あの』マジックのタネで商売してる気さくな世界だと一般庶民のタロウは勘違いしていた節がある。
今思い返してみても、あのお店の黄色の塊な紳士がタロウに売りつけたものは、魔術であってマジックじゃないらしい。
業界の線引きが微妙な領域の代物が独り暮らしのテーブルの上に、昨晩からぞんざいな扱いながら鎮座している。
ワンコインで買ったとは言え、身銭を切った手前、中身を知りもせずただ放置するのも投棄するのももったいない感じはした。
決して貧困層ではないと信じたい身分であるが、タロウは末端労働者として割り当てられた仕事に汗を流し、給料の手取りに見合うか?と、やや疑問な金銭と人生と言う財産を交換する日々。
安い買い物でも、商品を購入した以上、その商品はタロウの物であるという権利と、消費から廃棄までの責任と義務が発生している。
これと言って敵が居るでなしに、しかし、敵を知り己を知れば百戦危うからずとも聞きかじった気がする。
タロウの敵。
それは、退屈な日常かもしれない。
まあ、なんだ。
初心者でも習得できるけどオンリーワンな魔術ってヤツの正体くらい知っておいても損はないだろう。
タロウは、厚紙で出来た手乗りサイズの小箱に銀色箔押しの文字で遇われた、ドクロマークとモヤモヤした黄色の吹き出しで『DEATH・Smell』と表記されたパッケージを開封し、中に入っていたちょっとした古びた巻物状の書類に目を通した。
巻物に記された文書は、冒頭が英語表記で、中段に中国語、末尾に日本語で書いてあったが、学業が疎かなタロウの読める文字は日本語だけなので、読める部分を以下の通り黙読した。
(この魔術は呪文も魔力も必要としない超ベリーイージー魔術です。まずは炭水化物と炭酸飲料を摂取しましょう。適度な運動などをしておくと、より効果が増大します。日頃から芋類根菜類炭酸飲料などを気持ち多めに摂取し続けるだけで、この魔術を放つことができます。ちなみに、この文章を読んだ時点で、魔術の契約は完了しておりますので、取り扱い説明書は自治体の分別収集に従って廃棄してください)
「んん?呪文なしで、タネが食生活って、誰にどう伝える魔術なんだ?えーと・・・ああ、裏面に説明が続いてた」
懐疑的な眼差しで日本語表記分を追いかけてみる。
(えーとなになに・・・・・・デス・スメルは、嗅いだ者に永遠の眠りを約束する死の魔術です。術者の食生活内容によって効果の範囲は増減しますが、この死のオナラは術者以外に有効です。使用時は、風上か密室をメインにご利用になると、術者以外の生命体は天にも昇る心地で、マジで天に召されることでしょううううううううー!?)
「うっわ!マジか!ものすごく無駄で格好悪い上に自慢にもなりゃしない!マジ!?もうデス・スメル発動可能なの!?」
シュワシュワしたものなら昨晩摂取してあるし、言われてみればドイツビールと一緒にジャガイモ料理も食べた。
出すなと言われると催すのが出るものところ嫌わずのあれやらなにやら。
驚いた拍子に「パスッ!」とお尻のあたりで気の抜ける音がした。
格好良い音の例えをするとサイレンサーを装備した拳銃の発砲音。
一番ダサい表現をすると、思わず漏れた軽い屁。
決して小綺麗とは言いがたいアパートの台所から飛んで来た一匹のショウジョウバエが、タロウの尻の辺りで、ふと息絶えたかのように床に落ちた。仰向けになったハエさんの遺体から魂が抜けて行くのが見えた気がする。
「・・・・・・偶然だよな?」
昨晩、居酒屋で飲み食いした分が一発の屁で終わるかと言えば、それは否である。
一度漏れれば、流れで、もう一発出そうな腹具合なので、試しに窓際の観葉植物に一発「ブウー・・・・・・」とこいてみた。
するとどうでしょう?
あの青々と優しく伸びていたモンステラの鉢植えの大きな葉っぱはみるみるうちに色あせ、黄ばみ、やがて茶褐色に枯れてしまうではありませんか。
「うーわ!!!マジかー!!!植物がこんな勢いで枯れるところ初めて見た!!!やばい!やばい!!やばい!!!むやみに屁をこけなくなったああああ!!!損したああああああ!!!」
小バエさんごめんなさい。モンステラさんごめんなさい。
閻魔様、一つだけ言い訳させてください。
不肖、善良なるタロウは死の魔術なぞ習得するつもりはなかった。
なんとなく流れで購入した商品の内容だけ確認したかっただけなんです。
お買い物好きなみんな。
衝動買いはなるべくやめような!
タロウさんとの約束だ!
取説巻物の末文には「解約には専門家の診断を受けて、小さなお子さんの手の届かない場所で解約してください」とあったが、それに気づくのにタロウは小一時間トイレで出せるだけ出せるものを出した後だった。