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「雷お兄さんと一緒」

第13話「雷お兄さんと一緒」


「止まれ!止まらんと撃つぞ!」


 警察署西棟。留置場警戒に急行した警官隊の生き残り。ゴム弾が装填された暴徒鎮圧用ショットガンの銃口を、不気味な笑みを浮かべる青づくめの犯人に向けて警告する巡査。


 冷や汗額ににじむも巡査は、湧き上がる恐怖と職務への熱意の狭間で精一杯の勇気で叫んだ。


 青づくめの不気味な青年が放つ電撃を受けて倒され、そこかしこに黒焦げで転がる同僚たちの安否も気になる。


 警察署襲撃犯と思しき相手は、頭がネジが何本か外れてしまった一般人の線も捨てきれないので、拳銃の実弾を使用すべき相手か見定めるのに躊躇してしまう。


 そしてその迷いが、戦場と化してしまった国家治安の砦たる警察署内の被害を増やす原因になっている。


「くくく・・・・・・腐った国家の飼い犬はワンワンと無駄吠えが多いなぁ~!それ、サンダーブレイク!!!」


 青いジャケットを纏った不法侵入者が、残酷な冷笑で口元を細く歪め喉を鳴らす。そしてサッと標的に向け右手をかざし指をパチンと鳴らし何事かを唱える。


 走る電撃スパーク。


 瞬く間もなく、ショットガンを構えた巡査の体に強烈な電流が走り、そのままビクンと短く痙攣して新たな犠牲者になってしまった。


 西棟屋上から続く廊下を往く、磨かれた革靴の足音をコツコツと鳴らし快進撃を続けるジゴワットの前に立ち塞がるものは、次々と、そして実に呆気なく赤子の手をひねるより容易く屍をさらすことになってしまった。


 まあ、ジゴワットは、実際、赤子の手をひねったことはないが、多分、こんなつまらない一方的な蹂躙劇とさほど差違はないだろうと思う。


 ジゴワットの超自然現象的暴力の前に、これは敵わんと逃げ出す者が増え始めた頃、西棟の面会室方面から、一人の女性が死屍累々と言った廊下をゆっくりと歩み出て登場した。


 ジゴワットの任務対象である紅のハナ・マーゲドンだ。


「転移魔術が使える貴方にしては遅かったじゃない?随分待たされたわ」


「それは済まなかったな。俺様のポリシーに女性を待たせるなとあるが、ギルド最長老から今回の仕事を引き受けるに当たって、俺様のファン一人一人にデートの断りを丁寧に繰り返してたら遅くなったってワケさ」


 ハナはこの男が、父の弟子になった頃から「いけ好かないヤツ」と毛嫌いしていたが、悔しいかな、彼の魔力と攻撃呪法のレパートリーには大きく差をつけられていて、その実力だけは評価を高く見積もらざる得ない。


 鼻持ちならない自信家のジゴワットの見た目の華やかさや甘い言葉にコロッと騙される彼の女性ファン軍団の心理は、ハナにとっては理解しがたい。


 一般女性陣は、こんな快楽殺人者のどこに魅力を感じるのか、心優しくも時にヒステリックな感じで若干アブノーマルなハナ・マーゲドンでも甚だ疑問に思う。


「それにしてもやり過ぎじゃないかしら?蒼天のジゴワットなら、相手を感電死させずとも、抵抗する者を無力化させる魔術をアルお父様から習っていたはずでしょう?」


 基本心優しいハナは、凄惨なテロ事件の現場に立つ羽目になって、自分の公園放火事件を棚に上げて、ジゴワットの行きすぎた蛮行にクレームつける。


「俺様は何事も派手なのが好きなんだ。見ろよ?こいつらの間抜けさはアカデミー賞ものの滑稽さだぜ?自分の身の安全も確保できない奴らに治安が守れるのかねえ?本当は警官じゃなくてスタントマンかもなあ!」


 悪びれることなく、平然と近くに転がる被害者の遺体を、軽く右足のつま先で蹴飛ばして薄ら笑いを浮かべるジゴワット。


 ハナはこういう不遜なジゴワットの言動や行為が、敬愛する亡きアルお父様の弟子とは思えず、強い嫌悪感を感じる。


「呼び出した私が言うのもなんだけど、貴方の趣味の悪さはあきれ果てたものね。まあ、もう手遅れだけど、これ以上騒ぎが大きくなる前に撤収しましょう」


 ハナがそう言ってジゴワットの横を通り抜けると、周囲に横たわる警官たちの遺体に「ごめんなさい」と小声で詫びるも、もはや届くはずもない言葉だった。


「紅のハナ・マーゲドンお嬢様はお優しいこって。俺様はもう少し魔術の研究と日頃の鍛錬の成果を、馬鹿みたいな国家権力の犬どもに見せつけさせてもらうぜ?ハナお嬢様は先に転移魔術でギルド本部に送って差し上げましょう」


 この男はこれだけ魔術でテロを引き起こしておいて、まだ飽き足らぬと言うのか?


 同じ魔術師としてやめさせるべきなのは、ハナもわかっているが、今は原因を作った自分がこの場を離れることが先決と、唇を噛みこらえる他なかった。


「わかったわ。送ってちょうだい」


「ああ、良いとも。お忘れ物はないかなハナお嬢様?」


 慇懃無礼に会釈して見せるジゴワットは、師であるアル・マーゲドンの寵愛を一身に受けて育ったハナお嬢様を、もう大分前から小馬鹿にしている。


「まだ何かやらかそうって言うのなら、そうね。私のステッキの回収をお願いするわ」


「はは!ハナお嬢様は、まだステッキ離れできないくちばしの黄色いヒヨコちゃんでしたっけ?そろそろ俺様みたいにスマートに魔術を操れるようになれれば良いですなぁ!」


 くっ!つくづく癇にさわる男だ。


 何か言い返してやりたいが、自分の未熟さは誰よりハナ自身が痛感している。ただし、この天狗になってる馬鹿男の助けを必要としたのもハナだ。


「うっさいわね!ステッキのことはもう良いわ!さっさと送ってちょうだい!」


 ハナが苛立ち混じりに無駄話を終えようとしたその時。


「おーい!ハナさーん!忘れ物のステッキを届けに来たよー!ハナさんやーい!こっちかなー?」


 面会室へと続く窓際の廊下の向こうから、緊張感が若干足りない間抜けなタロウの声が近づいてきた。

 

 タロウ・ライトニング!?あの人、私の忠告聞いてなかったの!?


 粉塵の陰から近づいて来るタロウの呼び声に、耳を疑い半身でロングヘアをなびかせ振り向くハナ。


「んん?番犬に混じって野良犬が居たのか?ハナお嬢様のお知り合いかな?」


 ジゴワットは、転移魔術の詠唱を邪魔する場違いなちん入者に、きょとんとした表情になる。


「あ!ハナさん!やっと見つけた!まだ話したいことがあったついでに、金庫が開いてたから、前に公園で使ってたステッキも拾ったから、渡そうと探してたんだぁ~!はあはあ、ああ疲れた!」


「おい、そこのおっさん!おまえは感電死と爆死のどちらが良い?うるさい番犬の殺処分にも飽きてた頃合いだったから丁度良い!俺様の華麗な攻撃呪文の的にしてやるから光栄に思え!」


 死の宣告を下す蒼天のジゴワットは、新たなモルモットの登場に歓喜した。


「やめてジゴワット!!!あの男は、アルお父様の仇なの!日を改めて私が倒す相手よ!今は見逃してあげて!」


 悲痛な叫びで魔術師側の事情を知らないタロウの助命を懇願するハナ。


 しかし、偉大な師=天空のアル・マーゲドンを倒した相手と知り、タロウを他愛ない野良犬と侮っていたジゴワットの殺意を強めることになってしまった。


 あの男を倒すのは私だと少年漫画の噛ませ犬のようなハナの台詞である。


「ほほう?あの老いぼれは、いずれ俺様が追い抜いてやろうと思っていたが・・・・・・ハナお嬢様の忘れ物はあの野良犬から、きっちりその命もろとも奪い取ってやりますんで、先に帰っててください。此方から彼方へ・テレポート!!!」


 なにやら呪文を唱え、転移魔術を発動させたジゴワットが指を鳴らすと、ハナ・マーゲドンは、タロウの視線の先で、目映い光の柱に包まれ「待って」の「まの字」の台詞だけ残し、その場から跡形もなく消えてしまった。


「あれ!?ハナさんが消えた!?おい、そこのチャラ男!ハナさんを何処にやった!?おまえは何者だ!ん?青い・・・・・・チャラ男?」


 タロウには縁の無い男性ファッション誌で紹介されている有名美容院にて、軽く毛先を遊ばせる感じに女性受け狙いムンムン、下心の集大成なヘアスタイルの青いチャラ男。


 そいつは、とてもオシャレとは言いがたいおっさんのタロウを鼻で笑うと退屈そうに値踏みする視線で、相手のつま先から頭のてっぺんまで嘗めるように眺めてきた。


 それはまるで今から生き餌を丸呑みにする前の爬虫類系のサブイボ立つ気持ちの悪い視線だ。


「人に名を尋ねる時は、先ず自分から名乗るべきじゃないかな?ダサいTシャツのおっさん」


「俺はまだおっさんじゃねえ!30歳になったばかりの脱お兄さんだ!それと、俺の名前はタロウ!タロウ・ライトニングだ!」


 脱お兄さんを世間一般ではおっさんと言うのはさておき、タロウは世間では名の知れた草むしりの清掃員さんだ。お気に入りのTシャツを馬鹿にされて黙ってられるかってもんだ。


 追いかけてたハナさんが目の前で消えたことと、冷静に周囲の惨状を見て、改めて臆病風に吹かれ気味になった死の魔術師タロウ・ライトニングは、気を引き締め、肛門も引き締め、仮想敵な相手に大見得切った。


「ほう?魔力速報で小耳に挟んだタロウ某はお前みたいなクソダサいおっさんかい?ハナお嬢様は手を出すなとか言っていたが、まあ、良い。お前を殺せば、我が師=アル・マーゲドンを超えたと言う証になるだろう。見たところ魔力のかけらも感じない虫けら同然な術者のようだが、念のため、全力でダサいTシャツごと粉砕してやるとしよう!!!ゴーロ・ゴロゴロ・ゴーロ・ゴロゴロ・ピカピカ・ピシャン・・・・・・」


 なにやらぶつくさ宣った青いチャラ男の名前を聞くタイミングを逃したタロウ。


 ほぼ一般人なタロウの目の前で、極大電撃呪文の詠唱に入った蒼天のジゴワットの周囲に、怪しい青みがかった光のオーラと、火花。そしてやや強めな竜巻未満旋風以上の風力の気流の渦が生じ始める。


「え?またやばい系の魔術師!?このチャラ男が!?マジで!?ひょっとしてまずい相手か!?」


 超常現象を前に、先日の公園でのボヤ騒ぎの火傷のことが脳裏を掠めたタロウは身の危険を感じ、全身に緊張が走った。ついでに、腹筋と括約筋が刺激され思わずお尻も身の危険から「ブ!」と短く驚いた。


 タロウの目の前で、チャラ男を包む気流は、房総半島上陸の台風報道のテレビの向こう側を彷彿とさせる激しさを増すばかり。


 ジゴワットの詠唱は尚も続く。


「・・・・・・ゴロゴロ・ガラゴロ・ピカピカ・ピシャン・・・・・・ゴフ!くっせ!なんだこの臭い!ぐう!うがああああ!!!」


 屋内のプチ台風な中心で蒼天のジゴワットが愛ではなく哀を叫ぶと、もんどりを撃ってバタリとその場に大の字で倒れてしまった。


 極大電撃呪文の詠唱を彩る華麗なプチ竜巻が、漏らした本人も気がついてないデス・スメルの僅かな臭いを巻き込んだとも知らずに。


「ん?何?何が起きたの?て、言うかこのチャラ男、何してんの?」


 状況を飲み込めずにいるタロウの周囲で、次第に魔力の奔流が静けさを取り戻しつつある、瓦礫散らかる廊下の向こうの様子がわかってきた。


 超常現象の原因と思しきチャラ男の異変だらけな流れを怪訝に思うタロウ。


 西棟3階の廊下に生き残りの警官隊が重装備でやいのやいのとやってきた。その中には、生活安全課の刑事さんも混じってた。


「ああ、タロウさんご無事でしたか!?いや、面会室に姿が見えなかったから心配しましたよ!」


 タロウに気がついたセイジさんが、特に外傷のないタロウを見てホッと鍛え上げられた胸をなで下ろした。


「え?ああ、まあ、無事っちゃ無事ですが・・・・・・それより、なんか青い変なヤツが急に現れて意味わからないこと言って、そこに倒れちゃったんですが」


「ええ。私もよくわからないんですが、この騒ぎの原因は青づくめのテロリストの犯行と内線で聞いてまして・・・・・・ん?青い男?」


「セイジさーん!犯人と思しき男が倒れてま~す!ただ今確保しました!」


 制服の上から防弾チョッキを着込み、バイザー付きのヘルメットと楕円のアクリルスレート盾を持った若い巡査が、廊下の向こうから報告の声をあげた。


「おお、そうか!よくやった!ん?どうした?」


 青い犯人を取り押さえた巡査とその周囲の警官たちが顔を見合わせ、セイジに向かって顔の前でバッテンを作って見せたので、セイジは怪訝な表情を浮かべた。


「おい!取り押さえたんなら早くこっちに連れて来い!」


「それが駄目なんです」


「確保できたんなら駄目じゃないだろう?早く立たせてこちらに連れて来なさい!」


「・・・・・・あの~!コイツ死んでるみたいでーす!!!」


 地方警察署襲撃事件の犯人=敏腕絶賛売り出し中!蒼天のジゴワットは、勝手に公共物を破壊し、勝手に公僕を殺害しまくって、勝手にタロウを侮辱し、そして勝手にタロウのデス・スメルを吸引して天に召されるも地獄に落ちたのだった。


 合掌!






 







 






 

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