「降ってわくヤツ」
第12話「降ってわくヤツ」
夏場に積乱雲が発生しても疑問に思うどころか「夏だねぇ」と少し鬱陶しくも親しみで空を見上げる警官が居ても職務怠慢だと責められはすまい。
警官であると同時に一人の人間なのだ。
びゅうと冷たい風が吹き込んだと思ったら、熱気を帯びた気流は天高く上り積乱雲を形成する。
大自然の営みの一現象に過ぎず、そして人類が誕生する以前から延々と繰り返されてきた気象状態だ。
「一雨来るかな?」と、スマホで天気予報アプリを立ち上げる人々も、街のそこかしこで見受けられたりする。
突然のゲリラ豪雨に備えようとする庶民の中には、しまった傘がないとコンビニに駆け込む者も居る。
地方都市の警察署周辺がそんな積乱雲のせいで急に暗く曇ってしまう。
血税をジャブジャブ使って頑丈堅固に建設された警察署内において、外の大雨落雷を心配する内勤の署員など皆無だった。
何より警察署にも避雷針があるので、一時的な停電の心配こそあれど、まさか落雷で壁に穴を空けようなんて非科学的な馬鹿を想定して図面を引く建築士はいなかった。
突如。警察署上空を覆う積乱雲から不自然な動きで雷光が爆音を伴って建物の壁を穿つ。
その様子を目の当たりにした者の誰もが我が目を疑う。
視力検査の結果と無関係なあり得ない光景が警察署周辺住民の注目を集める。
「何あれ!?マジすごいんだけど!?今の落雷見た!?生き物みたいな動きしてない!?」
「うわ!?また当たったよ!あそこ警察署の方じゃない?怖いわぁ~!」
現場に居合わせた警察官に降り注ぐ矢のような落雷で多くのけが人が出ていると、最寄りの消防署に火急の報が入る。
駆けつける救急車や消防車をあざ笑う者が積乱雲の真下に立っていた。
「はああぁはっはっは!!!国家の飼い犬も俺様のサンダーアローの前には尻尾を巻いて逃げ惑うばかり!!!紅のハナ・マーゲドンを捕らえた者どもがどれほどのものかと期待していたが、この程度の幕吏に遅れを取るとは、アル・マーゲドンの娘も焼きが回ったな!魔術ギルドの命を受け足を伸ばしてみたが・・・・・・脆い!脆いぞ!!!俺様のサンダーアローの前では国家権力すら打ち砕かれる運命のようだなぁ!!!」
勝利を確信して大いばりの青年魔術師=蒼天のジゴワットは、目映い稲光を背景に、青のジャケットと青いスーツパンツと言う売り出し中のホストみたいな格好で警察署の屋上で高笑いしてた。
どうやって屋上に現れたのかは不明だが、かなりの自信家な様子。
「さて、俺様のサンダーアローの発動条件には十分なお膳立てが出来たことだし、そろそろ人体実験に移るとしよう」
ジゴワットは、ひとしきり破壊工作を楽しみ終え、新たな生け贄を求め、皮切りに屋上のドアに自慢のサンダーアローをぶつけ、破壊し署内へと移動を開始した。
◇◆◇
「何事だ!?今の爆発音は何だ!」
豚の皮を被った狼と署内で陰口叩かれている小太りの警察署長=マイケル・ポイは、大混乱に陥った署内で、近くの署員を肥えた指並ぶ紅葉の手がそのまま大きくなった感じの右手で、一人掴まえ事態の把握に乗り出した。
「わ、わかりません!!!西棟を中心に我が署の外壁が破壊されたとの報告しか上がってません!」
「わかりませんじゃない!!!早急にもっと詳細な状況報告をあげてよこせ!!!西棟と言うと留置場がある建物じゃないか!!!大至急、拘留者逃走防止に手の空いているものを向かわせろ!!!」
「り、了解しました!!!」
署長の檄が飛び、けがのないものは、けが人への応対へ、または西棟に居合わせた者は内線から入った署長の命令に迅速に従い、国から支給された対テロ装備の入った金庫の鍵を開け、動けるものから順に破壊された建物付近の方へと走った。
何かが炸裂した建物の壁は外から内側にコンクリートの大小の破片が転がり、また基礎の鋼材支柱が何本も内側にへしゃげてたり騒然となっていた。
西棟は鉄筋コンクリートの5階建てで、その3階に留置場と面会室が設けられている。
始めの爆発で破壊された壁は面会室の近くだった。
爆発の衝撃で施錠されていた留置場側のドアがバタンと外れてしまったので、今のハナさんは手錠以外は自由の身だった。
西棟内は破砕されたコンクリート粉かお掃除不足の埃か何かが舞っていて、視界がひどく悪くなっている。署内の掃除当番は誰だ!?
「タロウ・ライトニング。面会に来てくれて、良い気晴らしになったわ。でも、お迎えが来たから先にお暇するわね!」
初めの爆発に驚いて椅子ごとひっくり返ったポカンと口を開けて目を丸くしているタロウに対し、アクリル板の透明な間仕切りの向こうで、ハナさんがいたずらっぽく微笑み、小慣れたウインクをして見せる。別に秋波を送ってきたワケじゃなさそうだ。
はあ?お迎えが来た?
死を悟った後期高齢者の言葉じゃあるまいし、ハナさんの台詞にはいつも何か含みがあってタロウの理解シフト守備範囲外で困る。
「へ?ああ、おい!ちょま!ちょっと待てよ!俺の話はまだ終わってないぞ!ハナさんに聞きたいことがまだあったから来たのに、勝手に逃げるなよ!」
我に返ったタロウが慌てて立ち上がり、ハナの背に届くはずのない手を伸ばして叫ぶ。
勢い余ってアクリル板にタロウは両手を開いて突く。
「なあ、待ってくれ!逃げちゃ駄目だ!罪が重くなる!」
逃亡を図ろうとドアの傍らで気絶している警官のポケットを探るハナさんは、しめたと言う顔をすると、手錠の鍵を外し「うーん、自由って素晴らしいわ~」と背伸びをして満面の笑みでタロウへ振り返る。
「貴方とのおしゃべりサービスは、オ・ワ・リ♪ああ、青づくめのチャラそうな男を見かけたら急いで逃げることをお勧めするわ。タロウくらいのレベルの術者じゃ即死確定コースしかないから。もし生き延びられたらまたお話してあげる。またね~!」
「はあ?チャラ男がなんだって?ああ、ワケわかんねぇ!おい、マジで待ってくれって!おーい!!!」
混乱するタロウに謎の忠告を残して、その場を鮮やかにピンヒールの足音を立てて颯爽と立ち去るハナさんの後ろ姿は、パリコレのモデルさんみたいだった。
「ああ、もう!くそ!何が起きてんだよ!?意味わかんねえ!ちょっと誰か~!!!お巡りさ~ん!?お巡りさんが仕事してませんよ~!ここ警察署ですよねぇ~!?放火魔が逃げちゃいましたよ~!」
タロウは、ハナの後を追うことも出来ず、ただただ慌てふためくだけだった。
屁のないタロウ、無力なり!