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8話 巡礼の女

 名無しとクロエを乗せた荷馬車はまた来た道を折り返す。クロエは楽しそうにキャンディーの小箱を振ってカラコロ鳴る音を楽しんでいた。


「ん? なんだありゃ」


 ふいにリックがそう呟いて、荷馬車の歩みが止まった。


「どうした?」

「人が倒れている!」


 その声に名無しは荷馬車から降りた。リックは道に倒れている灰色のローブの人物に駆け寄った。薄汚れているが女性のようである。


「生きてるのか」

「ああ、だがえらい熱だ。村まで運ぼう。アル、手伝ってくれ」

「ああ」


 リックと名無しはその女性を荷馬車に乗せた。


「この人大丈夫?」

「クロエ、感染る病かもしれん。リックの隣に行け」

「……はい」


 荷馬車はスピードをあげて村にたどり着いた。


「……何の病気か分からない。念の為、村の中心に連れて行くのはよそう」


 名無しはそう言って一番村の端のヨハン爺さんの家でいったんその女性を降ろした。リリックは急いで教会の司祭を呼びに行く。


「うーん、体力が落ちているだけのようだな。タチの悪い風邪だ」


 駆けつけた司祭はそう言って、熱冷ましの薬草をおいていった。


「よかったね」


 元はハンナが使っていたベッドに寝かせられた。クロエはその女性のおでこに濡らした布をあてて、暖炉で薬草を煎じはじめた。


「慣れたもんだな」

「うん……ママも、よく熱出して寝ていたから」

「そうか」


 クロエが八歳にしてはしっかりしすぎている背景には母親の病があった。名無しは記憶のある限り、看病の経験も看病された事もない。こういった時どうすればいいのか分からなかった。


「う……」


 その時、倒れていた女がうめいた。目を覚ましたようである。


「ここは……?」

「ハーフェンという村だ」

「私、どうしたのかしら……」

「この近くの道に倒れていた。熱が出ているが安静にしていれば治るそうだ」


 朦朧としているその女の問いに、名無しは事務的に答えた。


「今、薬を作ってる。飲めるか」

「ええ……」


 名無しはその女を抱き起こして、クロエが持って来た熱冷ましを飲ませた。


「ごほっ……」

「無理しなくていいよ。飲めるだけ飲めば」


 苦い薬の味に咳き込んだ女にクロエがそう声をかける。


「ありがとう……」


 女はそう言うと、再び眠りについた。


「なんであんな所に女が倒れていたんだ?」

「あの服は巡礼者の服じゃ。この人はその途中で病にかかったんじゃろう」


 ヨハン爺さんは暖炉の火のあかりに照らされる女の横顔を見ながらそう言った。


「巡礼ってなんだ」

「なんじゃ知らんのか。聖地を巡る旅をするもののことじゃよ」

「巡ってどうする」

「己を鍛える為か……病を癒やす為にする者もおるよ」


 ヨハン爺さんはそう答えたが、名無しにはその意義がよく分からなかった。鍛えるならもっと別の方法をとるし、病なら床についていた方がいいだろうとは思った。


「俺はもう寝る」


 名無しはそれだけ言ってベッドに入った。



 翌朝、名無しは目覚めると女の所に行き、額に手をあてた。熱は下がったようだ。


「……ありがとうございます」


 その時、女は小さく答えた。そして女はなんとか起き上がろうとした。


「あー! 大丈夫? 起きたんだ!」


 その時、クロエとヨハン爺さんが起きてきた。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして……」

「ううん! 困った人は助けないとって司祭様も言ってたし」

「巡礼者を助けたんだ。なんか良いことがきっとあるさ」

「……」


 名無しはその光景をじっと見ていた。名無しの価値観では足手まといは見捨てるものだ。常に己の命を最優先にしなければ、生きていけない。


「今、おかゆ作るからね!」


 クロエはいつものように麦がゆを作りはじめた。


「あんた、名はなんというのかのう」

「あっ、これは失礼しました。私はエミリアといいます。聖都ユニオールの教会より巡礼の旅をしております」

「という事は尼僧なのかの」

「ええ、一応……」


 エミリアはそう言って胸元のメダルを見せた。そこには教会のシンボルが描かれている。


「なぁ」


 ふいに名無しが口を開いた。エミリアは目の前の黒尽くめの男を見た。そして農夫にしては鋭い目つきの男だと思った。


「女一人で旅をするもんなのか? 巡礼ってやつは」


 エミリアは金色の髪にぱっちりとした青い瞳で、名無しから見ても美しい若い女に見えた。そんな女が禄に交通手段もない旅を一人で続ける事に違和感があった。

 エミリアはそんな名無しの質問に薄く微笑むとこう答えた。


「普通はしません。しかし私には必要な試練なのです」

「危ないだろう。暴漢や魔物が出たらどうする」

「ええ、でもこのメダルを見た人は大概手出しをしてきません。それでも駄目な時は……」


 エミリアは掌を上に掲げた。その手のひらから光が溢れる。


「あんた光魔法が使えるのか」

「ええ、あんまり使いたくはないですけどね」


 エミリアはただの女ではなかった。名無しは人は見かけによらんな、と思った。


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