88話 軟禁
それからエミリアは軟禁状態に置かれた。
出入りは侍女のカーラのみ。
祈りの為に大聖堂に向かうことすらできなかった。
「ひどいです……あんまりです。エミリア様は何も悪くないのに……!」
カーラはひどく立腹していたが、エミリアはどこか実感が分からず、ぼんやりとその嘆きを聞いていた。
「悔しくないのですか!?」
「ええ……職務を半ばで放棄するのは悔しいわ……」
「それもありますけど、こんな無理矢理な輿入れなんて」
「ええ……ええ、そうね」
エミリアが教会に必要ないというのなら、そっと追い出してくれれば良かった。
無力な小鳥は籠から籠へ。エミリアはただ、そんな自分がやるせなく無気力になっていた。
「……失礼します」
カーラはまるで人形のようになってしまったエミリアを見つめ、部屋を退出した。
「なんとかしなきゃ……なんとか……」
同輩の修道女たちにこんな相談は出来ない。
カーラは頭を巡らせた。
「……あ!」
彼女は小さく叫ぶと、洗濯場のある裏庭の方へと駆けていった。
「……ライアン様、ライアン様」
鉄柵の張り巡らされた窓に小石をぶつけ、カーラは押し殺した声でライアンを呼んだ。
「どうした」
しばらくすると、囁くライアンの声が答えた。
「エミリアは慰問ではないのか。なぜお前がここにいる」
「実は……。助けて下さい!」
カーラはエミリアの事情をライアンに片っ端から話していった。
「……という訳なのです」
「なんと……そんなことになっていたとは」
「私では何もしてさしあげることが出来ないのです」
そこまで話すと、カーラの目から大粒の涙がポロポロとこぼれていった。
エミリアに降りかかった理不尽な不幸を目の当たりにしてから初めての涙だった。
「何も出来ないということはないぞ、カーラ」
「ライアン様?」
「お前は外と連絡をとることが出来るだろう」
「でも、エミリア様のご実家も賛成してらして……」
「そうじゃない。俺は知ってるんだ。エミリアをきっと救ってくれる男を……」
「え……?」
ライアンはそう言うと、机に向かい、手紙を二通書いた。
「この手紙を、……アルという男に届けて欲しい。一通は別の者に宛ててだがきっと届くと思う」
「それは……」
「お前の実家を経由しろ。見られたら厄介な代物だぞ。この二人ならこの現状をきっと打破してくれる。私の為に命を賭ける男と、エミリアを死んでも守る男だ」
「……分かりました。でも、ライアン様も危険なのでは」
「教会勢力とアーロイスが繋がれば、分が悪いのはこちらも同じだ。気にするな」
「……はい」
カーラはそうしてライアンから託された手紙を、念の為にと同僚の修道女に頼んで実家に送って貰った。
「エミリア様が……救われますように」
あとはただ、そう祈るしかなかった。
***
「おーい」
「ああ、リック。どうだ、今年のかぶは豊作かもしれないぞ。できたら分けるからな」
それから一週間後。リックがいつものようにのんびりと名無しに話かけ、名無しも同じ様に彼に応えた。
「ありがとな。あーそれから、手紙が届いてたぞ」
「……ああ、ありがとう」
名無しの心に一瞬、警戒心が芽生える。だがそれを顔には出さず、名無しはリックから手紙を受け取った。
「じゃ、確かに渡したからな! うちの野菜も今度持ってくるからなー」
「ああ」
名無しはリックを見送ると、家に戻り手紙を広げた。
「……これは」
それを目にした名無しは顔色を変えた。
「エミリア……」
それはカーラの実家から転送されてきたライアンからの手紙だった。
「アーロイス……か……」
またもこの男か、と名無しは思った。名無しの組織にも、ライアンも、村人たちにも……そして今回はエミリアにも。
まるで大蛇のように絡みつき、全てを奪おうとする男。
「……」
名無しの中で、なんとも言えない苛烈な思いが渦巻く。
それを憎しみというのだ、と名無しに教えるものはここにはいなかった。
「たっだいまー! パパー? あれ?」
「……お帰り、クロエ」
「その服……お出かけするの?」
「……ああ」
「……」
名無しは黒装束へと着替えていた。
「急遽、届け物をしなければならなくなった」
「そう……すぐに帰ってくる?」
「……わからない」
そう名無しが応えると、クロエの顔がくしゃっと歪んだ。
「い、いってらっしゃい……」
「ごめん、クロエ。……必ず戻るから」
それから名無しはハリシュの元に走った。
「しばらく家を空ける。じいさんとクロエのことを頼みたい……」
「なんで儂に……」
「あんたが村長だろ! じゃあな!」
そうぶっきらぼうに名無しはハリシュに告げると、今度はリックの元に向かった。
「リック、馬を……」
「はいはい、もう鞍をつけてあるよ」
「なんで……」
「手紙なんてきたらなんかあるに決まってるからな、お前の場合」
そう言って呆れたように笑うリックを見て、名無しはガシガシと頭を掻いた。
「……助かる。リック、これはじいさん達にも言わないで欲しいんだが……」
「なんだ」
「エミリアが大変な目にあってるかもしれないんだ」
「それを救いに行く訳だな。色男」
「……今回はとても厄介なことになるかもしれない。みんなを頼むな」
名無しの真剣なまなざしに、リックはすっと背筋を伸ばした。
「ああ……! 行ってこい! 待ってるからな」
こうして名無しは馬を走らせ、フレドリックの元へと向かった。




