84話 ともだち
その後本当にケーキとお茶、はては夕食まで持って来られてハリシュ達三人は困惑しきりだった。村人達が押し寄せてきたりしないことがせめてもの救いだった。
「ここの人たち、いい人ね……じじ様」
「そのようなフリをしているのかもしれん、エシュ」
「そうよ、マイム。自分達が土地を取られたくないから……」
「でも、私が取られそうになったら一生懸命考えるわ、マイム。お金だけで土地はなんともならないもの……私達が一番知ってるわ」
エシュがそう言うとマイムは俯いてしまった。幼い自分たちでも、自分達がこの村にどういうことを要求しているのかわかったのだ。
「エシュ、マイム。今日はもう遅い。村は明日あらためて見て回ることにしてもう寝なさい」
「……はい、じじ様」
双子達はそう言うと、真新しいベッドに潜り込んで眠った。旅の疲れがたまっていたのだろう。すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「どうしたもんか……」
ハリシュがそっとぼやいた時、戸口に人の気配がした。
「誰じゃ!」
「……俺だよ」
それは昼間の黒尽くめの男、アルの声だった。
「えらい勘がいいな、ノックの前だぞ」
「目が良くないのでな」
「そうか。晩酌しないか、じいさん」
「わしと……?」
「ああ、いい加減ドアを開けてくれ。こっちはつまみと酒で手が塞がってるんだ」
ドアのそとから名無しの声がする。ハリシュはちょっと躊躇したが思い切って開けてみた。
「よっ」
そこには普通の農夫の格好に着替えた名無しと、ランプを手にしたリックが待機していた。
「あ、おチビちゃんはさすがに寝ちゃったか」
「ああ、という訳で帰っておくれ」
「いやいや、これからとっておきの酒場に案内するからさ!」
リックはハリシュの手を取って、家から引き出した。
「ど、どこへ……」
「こっちだよ!」
そう言う二人に連れて来られたのは大木の木の下だった。
「ここが酒場?」
「そっ、町まで行かないと店なんてないから。ここが俺とアルのとっておきの酒場なの。ほらそこにちょうどいい樹が倒れてるだろ」
「……」
「まあ座りな、じいさん」
ハリシュは半ば強引にリックと名無しにベンチとも言えない倒木に座らされた。
「じいさんではない。……ハリシュだ」
「ハリシュ。そう言えば名前聞いて無かったな。あらためて。俺はアル」
「俺はリック! あの双子ちゃんは?」
「一つ結びがエシュで二つ結びの髪の毛がマイムだ」
「ふーん。そのうち見分けつくかな。さ、とにかく飲もう」
リックはカップにワインをどぼどぼ注ぐと二人に渡した。
「乾杯~!」
「……乾杯」
ハリシュは二人が口をつけたのを確認してからそれを飲んだ。なんの変哲も無いただのワインだ。
「……お前達は何を考えてる」
ハリシュがそう言うと、名無しはぼそっと答えた。
「なるべくみんながいいように暮らせるようにしたいのさ。だけど、悪い話しじゃないだろ。この村の所有権はあんたたちだし、俺達は畑を守れる。そうだな、まあ食えるくらいに賃金くれれば暴れたりしない。というかさせないから」
「ほう……」
「俺達と暮らしたり、一緒の畑が嫌なら手が回らない休耕地やちょっと離れた開墾地もある」
「いや、嫌では……それよりもお前達が嫌じゃないのか」
ハリシュは過去から今まで続いた一族への迫害の歴史を噛みしめた。
「まあ……全員が賛成って訳じゃない。特にここの教会の司祭様は抵抗あるみたいだな」
「だろう……」
「でも、なんとかなるさ。俺もよそ者だった」
「おまえも……?」
「ああ、今暮らしている一家とは血のつながりもなにもない。誰かがなんか言ってきたら、じゃあ俺はなんなんだ、って言ってやるさ」
「……」
ハリシュは考え込んでしまった。無人の村をあたえられても困ってしまうのはわかった。ただ……せっかくあれだけ手を汚して手に入れたのに、という気持ちがぬぐい去れない。
そんな時、リックが呟いた。
「あ、じゃあ……ハリシュじいさんは村長さんってことになるのかな」
「そうだな」
「そ、村長……?」
「なんか物知りっぽいしいいんじゃね?」
リックは酒が回ってきたのかカラカラと陽気に笑った。ハリシュは自分のカップをじっと見つめた。村長……流浪の民の自分が村長だと……と。
「……何か不都合あれば、国に報告する」
「ああ」
「とりあえず……村は村民達にお願いしよう……」
「ほんとか!」
ハリシュはとうとう折れた。そう、なにかあればアーロイスに告げればいいのだ。
「とりあえず、初年度は免税らしいので……畑のやり方を教えてくれるかね」
「えっ! まじ!?」
免税と聞いたリックはその後浮かれてへんなダンスを披露していた。
***
翌朝。村の広場にハリシュは立たされていた。
「えー、新しくこの村の村長になったハリシュさんです! ま、いままでの村長も補佐するけどよろしくな」
リックが村人達にそうハリシュを紹介した。
「じじ様が村長様だって! エシュ」
「すごいわね、マイム」
双子達の尊敬のまなざしを受けながら、ハリシュはむずがゆい気持ちを抑えていた。
「ほら、村長……あれを言ってやんなよ」
「あ、ああ……こほん、この村を褒賞に貰った時に、初年度は無税と言われた。つまり今年は税金がかからないんじゃ」
「ほんとかよ!」
「やった! 育てた麦が全部うちのものってこと!」
村人達は手を叩いて喜んだ。その様子をぽかんとして見ているエシュとマイムの所にそっと近づく影があった。
「あのー……」
「え?」
「私……クロエっていうの……二人は何歳……?」
「10歳よ」
「あ、じゃあ一個違いだ!! よかったら仲良くしてね! お友達になろう!」
くりくりとした鳶色の瞳で二人を見つめるクロエ。
「友達……」
双子達はずっと二人きりで遊んだり勉強したりしていたので、友達と呼べる存在は初めてだった。
「い、いいよ……?」
「わぁい! じゃあ、村のブランコのあるところ教えてあげる! ついてきて!」
こうして流浪の月の民とハーフェンの村人のちょっと奇妙な共同生活がはじまったのだった。
これで三章完結です。
次の更新までしばしお時間をいただきたいと思っています。
詳細は活動報告にて




