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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第三章

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56話 春節祭

「パパ、リックが来てたけど春節祭の劇に出るの?」

「あ……うん」

「すごい! なんの役をするの?」

「と、当日までのお楽しみだ」

「ふーん」


 夕食を囲みながらクロエにそう聞かれて、名無しはそっと目を逸らした。


 そして数日後、また招集を受けた名無しと村人達はリックから渡された台本を見せられた。それは短いものではあったが……。


「あら……」

「こりゃ、やったなリック」


 それは卑猥な冗談やドタバタがやたらと盛り込まれていて、ありがたさの欠片もなかった。エミリアが見たら涙目で止めそうだ。


「ちょっとやりすぎでは……」

「何言ってんだよ、アル。観るのは村の酔っ払いのおっさん達だぞ」


 リックは分かってないなぁ、と言わんばかりに名無しに答えた。えらい自信である。


「確かにねー。毎年一応観てくれるから司祭様も大目に見てくれてるんよな」


 名無しのささやかな抵抗は意味をなさないようだった。


「よし、じゃあみんなで合わせてみよう」


 そんな訳で聖人劇の準備は着々と進んでいくのであった。




「ああ、良い天気だな……」


 春節祭の当日、目覚めた名無しは真っ先に外に出て空を眺めた。湿り気のない空気もくっきりした朝日も今日は良く晴れる事を示していた。雨天中止を密かに願っていた名無しの期待は打ち砕かれた。


「パパ、緊張してる?」

「う……ま、まぁ……」

「クロエはダンス楽しみ!」

「それは俺も……」


 クロエ達、教会の子供達のダンスもある。ただし人数が四人しかいないが。


「さ、準備があるじゃろう。早く食べな」


 二人はヨハンに促されて朝食を口にした。




「お、アル。やっと来たか」


 教会前の広場についた名無しはリックにそう声をかけられ振り向いた。教会の前には前日に設営した樽と板を組んだ舞台がある。


「ま、とりあえず飲もうぜ」

「……え」


 リックはぐいっと木の小ぶりなカップを名無しに手渡した。中身は透明な液体である。しかし強烈な匂いを発していた。


「リック……これ……」

「蒸留酒だ、村のじじい共に対抗する為にはこっちも体あっためとかないとなぁ……」

「……」


 また悪い顔をしているリックを見て、名無しはもうどうにでもなれ、とその強い酒を呷った。


「うっぷ……」


 鼻をぬけるアルコールの強さに、名無しは変な声が出た。


「さ、ごちそうが出てきた。今のうちに食べておこう」


 軽くつまめるつまみや菓子が並んでいる一角からそれぞれ食べたいものを取って口にしながら、リックはちょっと残念そうに言った。


「外に働きに出てるみんながいればなぁ……」

「今回は来ないのか」

「そうそう休みは貰えないよ。本当はみんなこの村で暮らしたいんだけど……この村は貧乏だから出稼ぎに出るしかないんだ」


 まだ若いリックが村で暮らしていけるのも、リックの家は家畜を複数要する比較的豊かな農家だからだ。おそらくは亡くなったクロエの本当の父デュークも、かつては出稼ぎのそういう若者の一人であった。


「ここは……いいところだよ」

「そういえばアルは休暇じゃなかったっけ? 休暇っていつまで……」

「俺の休暇はそのまま休業になったみたいだ」

「――ってことはこの村にずっと住むのか?」


 リックの目が輝いた。名無しはしばらく考えて、こくりと頷いた。


「みんながいいって言うなら」

「もちろんだよ! なぁなぁ、みんな!」


 リックは仕入れたばかりのニュースを広めに人垣の中に飛び込んで行った。


「えーそれでは、春節祭をはじめます。これから命の芽吹く季節が秋の実りに繋がりますように祈りましょう。それではまずは子供達のダンスですね」


 司祭様の言葉に、子供達がどたどたと舞台にあがった。村の人々の演奏が始まると、それに合わせてくるくると踊る。年少の子のひとりはまだよく分かっていないのかぴょんぴょんと跳ねているだけだったが、その可愛らしい仕草に村人は笑顔になった。


「クロエもちゃんと踊れてるのう」

「ああ」

「大きくなった……」


 ヨハンと名無しは余所の子をそっちのけでクロエを見ていた。クロエはお土産のリボンを髪に飾ってたなびかせながらステップを踏んでいる。そうこうしているうちに踊りが終わった。


「よーし、飲むぞ食うぞ!」


 村人達はダンスを終えると食事と酒をかっくらいはじめた。村の数少ない娯楽である。賑やかに談笑しながら皆くつろいでいる。


「あの、アル……そろそろ準備しないと」

「あ、ああ……」


 名無しは劇に出る村人に声をかけられて、そっと教会の中に入った。


「あ、来た来た」

「これに着替えて」


 名無しは手渡された女物の服をとっくりと眺めた。そしてちょっとため息をついて服を脱ぐ。目の前に晒されたその背中に皆の目が釘付けになった。


「アル、凄い傷だな」

「リック? ああ……仕事でついた傷だ」

「……護衛って大変なんだな」

「俺のはちょっと特殊だったから」


 リックは名無しの体の傷の多さに驚いていた。そんな傷だらけ、細身ながら筋肉質の体にワンピースを着込む。ヒラヒラの裾が歩きにくい。


「じゃあお化粧しちゃいましょう」

「えっ、それもやるのか?」


 名無しはパタパタとおしろいをはたかれて紅を塗られた。


「ほーらきれいに出来たわよ」

「……」


 鏡を差し出された名無しを恐る恐るその中を見た。


「……」


 どれだけ醜悪なものが映っているのかと腰が引けていた名無しはその姿を見て息を飲んだ。化粧を施し女性ものの服を着た名無しの姿は母親の顔によく似ていた。


「どう?」

「……死んだ母親に似ている」


 名無しの母は名無しの体の中に息づいていたのだ。生きて、逃げろと身を挺して自分を守ってくれたあの母。


「あら、じゃあ美人さんだったのね」

「ああ……うん、そうだな。優しかったよ」


 名無しはしばらく、鏡の中から目が離せなかった。二度と会えないと思っていたのに。いや、存在すら頭から消していたのに。こんな風に思えるようになったのはこの村とエミリア達のおかげだろうか。


「よし、みんな準備はいいかな? それじゃはじめるぞ!」

「おお!」


 リックの声にみんなが応えた。そうして、ハーフェンの村の祭りの劇がはじまろうとしていた。

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