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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第二章

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51話 誓いの朝

 名無しは数年ぶりの深い眠りに落ちていた。そして夢を見ていた。

 ――村は焼け野原で、煤をつけたまま呆然と道端から名無しはそれを眺めていた。幾日そうしていただろう。もう起き上がる気力も無くなった頃に、馬車が通りかかった。


「あーあ、なんだこりゃ夜盗の仕業かね。なーんも残っちゃいないや頭領」

「バード、俺達はしけた盗みをしにきた訳じゃない……と、なんか居るぞ」


 その声に名無しは僅かな力を振り絞って振り向いた。


「なんだガキか……。あの村の生き残りか? おいぼうず」

「……家、なくなっちゃった」

「そうか、名前は?」

「……名前……」


 名無しはいくら考えても自分の名前が出て来なかった。頭領と呼ばれた男はふん、と鼻を鳴らすと名無しの頭を掴んでその目を覗き混んだ。


「……じゃあ、名無しでいいか。おい名無し、ここで死ぬかもうちょっと後で死ぬかどっちがいい?」

「おいおい頭領、その汚ねぇガキ連れて帰るつもりですかい」

「お前には聞いて無い。おい名無し、俺はそんなに待たねぇ。今決めろ」


 名無しは乾いた唇を舐めた。ぼんやりした頭でたった一つだけ覚えている事があった。


「……死ねない。母さんが、生きろって言った」

「そうか」

「子育てしてる場合じゃないでしょうに」

「こういうのが案外化けたりするかもしれねえよ」


 知らない大人達の会話を遠くに聞きながら、名無しは燃えさかる梁に押しつぶされながら名無しに被さった母親の事を思い出していた。


「母さん……」


 名無しは目を開けた。そこはユニオールの中央広場に面した宿の一室だった。


「昔の夢なんて……」


 そもそも夢なんて名無しは滅多に見る事が無かった。やはり深く眠ったせいかと名無しは横になったまま考えた。


「よく眠ってましたな、アル」

「……おはよう、フレドリック」

「ライアン様とエミリアはまだ眠っとるようです。迎えは昼過ぎですからもう少し寝かせておいてあげましょう」


 フレドリックはベッドから起き上がると例の魔道具の湯沸かしでお湯を沸かしはじめた。


「お茶飲みますか?」

「ああ……貰う」


 やがて部屋中に芳しい茶の香りが広がってきた。フレドリックは湯気の立ったカップを手渡した。


「あの後、エミリアから聞きました。命を狙ってきた相手を討ったとか」

「……ああ」

「私はあなたを問い詰めましたな。なぜ殺さないのかと」


 フレドリックは熱いお茶を一口啜った。


「安易にもの申してすまなかった」

「いや……殺した事自体に後悔は無い。……フレドリック、あんたが剣をとるのもよく分かってる」


 バードを前にクロエや村の皆の顔がちらついた時、名無しは刃を繰り出すことに躊躇をしなかった。


「何かを、誰かを守る為なら……また誰かを殺す事もあるだろう」


 ただ、もう名無しは何も考えず言われるままに命を奪うような真似は出来ないだろうと思った。そう意識するとグラグラしていた足下がしゃんとした気分になる。


「それがアルが自分で決めた生き方なら」

「自分の生き方……そうだな」

「……いい顔をしてますな」

「え?」


 フレドリックにそう言われて名無しが顔を上げると、フレドリックはにやっと笑った。


「やはり一晩ぐっすり眠ったのが良かったんでしょうか。私は思わず万が一の事を考えて文句を言ってしまいましたけど」

「……そうか」

「おかげで私が寝不足です……ちょっと眠りますかね」

「あ、ちょっと待った」


 お茶を飲み終えて仮眠を取ろうとするフレドリックを名無しは呼び止めた。


「今回、俺を襲撃した奴の後ろで手を引いているのは恐らくアーロイスだ」

「……どういう事です」

「奴は俺の存在を恐れているようだ」

「……なぜ」


 フレドリックは名無しに向き直り、向かいに座って低い声で問いかけた。


「……アーロイスは魔王討伐の功績から王太子になった……これは間違いないな?」

「ええ、その通りです。決定打となったのはそれですな」

「しかし、その魔王を殺したのは……俺だ」

「なんと……」


 各地で起こった魔物の活発化。その元凶として魔王の復活が囁かれ、居場所を特定する為に実力ある魔術師達がかけずり回った。そしてようやく分かった場所にアーロイスを中心とした討伐隊が向かった。ローダック王国に代々伝わる、魔王殺しの聖剣を携えて。


「だが、アーロイスは剣を振れなかった。代わりに俺がとどめを刺した」


 長い時の流れの中で伝承は薄れ、魔王という存在が人に害なす事は分かっても何をしでかすのか分かっていなかった。名無しは目的地までのアーロイスの護衛であり、また万が一の場合の捨て駒だった。どうなっても後腐れの無い、どうでもいい命。それが名無しだった。


「この事は今はもう俺しか知らない」

「それでは……立太子した事自体が仕組まれた事だったと……」


 フレドリックは息を飲んだ。


「すまんな。あんた達には大事な事だったのに」

「いえ、身を潜めていたのでしょう?……しかし……あの男はどこまで……」


 歯ぎしりをしながらフレドリックは拳を握りしめた。


「俺も見つからないと思ったんだがな……」


 名無しは顔を曇らせた。バードはどこまで雇い主に報告を入れていたのだろうか。ハーフェンの村に居た事をアーロイスが知っていたら……。しかし聞きだそうにももうバードは居ない。


「……私は決めました。この老いぼれの命のある限り、あのアーロイスを必ず討ち取ります」

「……」


 名無しは複雑な思いでフレドリックの決意を聞いていた。


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