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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第二章

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30話 黄金の重さ

 その日もたらされた報告に……いらだち紛れにバン、と音を立てて机を叩く音が響いた。その音を聞いても男はまったく動じる事はなかった。


「居なかった……だと?」

「まぁそうなりますわな」


 その言葉に飄々と応えたのは、バードである。ハーフェンの村の近くの町、そこで名無しに組織の最後の様子を告げた男。その男はローダック王国の第二王子、アーロイスの自室の椅子に悠々と座っていた。


「俺はヒントを教えただけ。俺に会った時点から時間がかかりすぎてるんすよ。怒鳴り散らすなら、それまで足取りをまったく追えなかった手下どもを恨んで欲しいね」

「この……!」

「無礼であろう、この方は王太子であるぞ」


 不遜な態度を崩さないバードに、ずっと沈黙を守っていたフェレール大臣も苦言を呈した。


「俺は情報の分貰えるもんを貰えればいいの。大体、国で一番の諜報機関を自ら潰しておいてよく言うよ」

「ここがどこか分かっているのか……! お前など!」


 すらりと抜いた剣を手に激高したアーロイスを見て、バードはふにゃりとつかみ所のない笑顔を浮かべた。


「おっと……こちらは丸腰だが、あんまり舐めてもらっちゃ困るな。この部屋の調度品のどれもが俺の武器になるぜ」

「くっ……」

「王太子殿下、ここは……」

「分かっている!」


 アーロイスは憎々しげに剣を鞘に収めた。そして落胆しながら呟いた。


「本当に周辺にその男は居なかったのか……」

「さーて……。人が暮らして行くのに一切痕跡を残さないってのは無理だと思うがな。ま、それを見つけられなかったってのはホント二流だ。ふふふ」


 いちいち鼻につく男だとアーロイスはバードを睨み付けた。


「その口ぶり……お前なら見つけ出せると言うのか」

「それが一流の男ってもんだろぉ?」


 へらへらとして答えるバード。アーロイスは再び怒鳴りつけたい気持ちをグッと抑え、バードに問いかけた。


「見つけろ、あの男を。そして殺せ」

「……それは依頼か?」


 バードは一瞬、目を光らせ真剣な顔をした。しかし、すぐに道化じみた態度でこう答えた。


「今は組織もないのでね、俺を動かすのはこのハートだけだ」

「……」

「しかし、このハートはどうも浮気でいけない。特にピカピカ光る丸いものに滅法弱くて……さ」


 にたり、と笑ったバード。仮にも元の仲間を殺せと言われてする態度ではないとアーロイスはそのふざけた振る舞いにぞっとした。


「フェレール、こいつの好物を与えてやれ」

「よろしいので」

「ああ……」


 バードはフェレールから放り投げられた革袋をはっし、と掴むとその中身を確かめた。


「……さすがは王太子殿下」

「とっとと行け!」


 アーロイスはバードの顔をもうこれ以上見て居たくなくて、大きく手を振って追い払った。バードはスッと無表情になったかと思うと、部屋の窓からそのまま消えた。


「……気味の悪いやつだ」

「殿下、あの男にかまってばかりはいられませんぞ」

「分かっている。兄上の事だろう」

「ええ、療養と称して兄上様はご子息をこの王城から出しました。おそらくは我らの動きを察知したのかと……」


 フェレールの言葉にアーロイスは唇を噛んだ。父王のいるうちは今も王子たる兄に目立つような死に方をして貰っても困る。だがその息子がうっかりと事故(・・)でいなくなれば万が一の時の王位継承権はどう転んでも自分のものだというのに。


「……兄上の動きを封じろ。どんな形でもかまわん」

「は……」


 アーロイスはフェレールにそう命じて下がらせた。そしてバードが消えて行った窓の方を見た。


「どこまで……どこまでいけば……」


 あの玉座に座り、王冠を頂くその日まで。アーロイスはもう、立ち止まる事は許されない。




「うーん……」


 その頃名無しは宿の一室で手紙をしたためていた。エミリアを守り、聖都ユニオールまで行く。その事は問題ないのだが、それをどうクロエ達に伝えればいいのか頭をひねっていた。


『数日では済まなくなった。一ヶ月はかかる』


 そう書いたっきり、名無しの筆は止まった。もうちょっと何か書きようがある気がする。名無しはギシギシと、椅子を揺らした。

 その時、部屋の扉がノックされる。名無しが扉を開けると、そこにはエミリアが居た。


「あの、夕食とらないんですか? 食堂混みますよ?」

「そんな時間か」

「何してたんですか」


 エミリアはひょいと名無しの部屋を覗き混んだ。


「手紙を書いてた……どうもこういうのは苦手だ」

「では私が添削してあげましょう」


 エミリアは部屋の机の上にあった便せんを手に取った。しかしそこには例の連絡事項しか書いてない手紙があるだけである。


「……これだけ?」

「……どう書いたらいいのか」


 真顔で答える名無しをエミリアはぽかんとして見つめた。


「手紙って何書けばいいんだ?」

「それは……時候の挨拶とか、元気かとか……?」

「今日出てきたばっかだぞ」

「そうですね……」


 エミリアは首を傾げた。しばらく考え込むと、ぽんと掌を打った。


「帰ったら村で楽しみにしている事を書けばいいのでは」

「楽しみ……」


 名無しは再びペンをとった。そしてそっけないだけの手紙にこう書き加えた。


『麦の収穫を楽しみにしている。クロエ、ラロの躾けを頼む。いい子で』


「……これでいい」


 名無しは満足そうに頷いた。その様子を見てエミリアは微笑んだ。


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